「たとえばジョン・レノンの声をチャットGPTなど生成AIに学習させれば、その声でまったく新たな曲を作ることも可能な時代。でも、僕は絶対にやっちゃいけないと思う。本人がまだ生きていて、ちょっと面白い試みだからやってみようというならそれは本人が決めることだけど、亡くなった人の声でそれをやるのは言語道断だと思います」

 さらに進化していくことが予想されるテクノロジー。これまで何度か行われてきたビートルズの曲のデジタルリマスターも、「リマスター技術の進化」でもっと大胆なことが可能かもしれない。ファンは楽しみだろう。しかし一方で、発売された当時の「オリジナルな音」からどんどん離れていく、そんな心配はないのだろうか。

「音質に関しては聴く側一人ひとりの感性によるので、何とも言えません。僕はビートルズのデビューアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』の最初に限定プレスされたレコードを聴かせてもらったことがあるけど、これを上回るリマスターはたぶんできないと思うくらいの音でした。またパブロ・カザルスが演奏するバッハの無伴奏チェロ組曲をレコードのSP盤で聴かされたときも同じことを感じた。共通するのは、原始的ではあるけれど、すさまじくいい音だったということ。アナログであれデジタルであれ、その人が自分の耳で聴いて感激すれば、それはそれでアリだと思いましたね」

 バラカンさんが言うように、聴く側の感性はそれぞれ。その「聴こえ方」でファンの間でも賛否両論だったのが、2023年に発売されたベスト盤(『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』 2023エディション)の「アイ・アム・ザ・ウォルラス」だ。エンディングが「オリジナルとはかなり違って聴こえる」ことで、「さすがにやりすぎでは」という意見も少なくなかった。

「オリジナルは、曲を発表した当時のビートルズのメンバーがスタジオでミックスに立ち会い、納得している音のはず。そのときに聴こえなかった音を聴こえるようにしてどれだけの意義があるのかな、と私は思います。マニアは喜ぶと思うのですが(笑)、僕はあまりマニアではないし、必要を感じないタイプですね。アーティストがそのときに納得して世に出した音が、いちばん信頼できるものであるはずだと思ってます」

 AI技術の進歩が今後、ビートルズという音楽の宝にもたらすものは無限の楽しみか、あるいは立ち止まるべきときが来るのか。バラカンさんはこう話す。

「僕は、『もうこれ以上はいいのでは』と思ってます。もちろんいまも世界中で大勢の人たちがその音楽を楽しみ続けているバンドですが、もう1970年で存在しなくなった過去のバンドです。何か新しいことをやる必要はとくにないと思います」

 ただ、こうも付け加える。

「僕みたいにリアルタイムでビートルズの時代を覚えている人と、後追いでビートルズが好きになった若い世代と、感じ方は違って当然ですよね。僕には、ビートルズは時代とともに『こういうアルバムの順番で、こういうふうにできあがっていった音楽だ』という概念があり、オリジナル主義になりがちなのだと思う。でも若い人はビートルズの音楽を単に『ビートルズというひとかたまり』としてとらえているところがある。そんな違いがあるなら、楽しみ方はいろいろあっていいよね、とも思うんです」

(AERA編集部 小長光哲郎)

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