ただ、課題はそれらを同僚たちにどう説得するか、だった。

「すごく大変でした。とくにカギカッコと接続詞、指示語については『なんで?』と何回も聞かれました。新聞的な発想でいうとそれは『美しい文章』ではない。ゴチャゴチャした接続詞や指示語は、新聞記者なら真っ先に削る候補ですから。でもデジタルでは美しい文章ではなく、あくまでも『読者が読み進めやすい文章』が求められているのだと思います」

 デジタルという「感情の世界」に合わせて、共感とストーリー性を突き詰めた結果、47NEWSでは平均的なPVが上がり、「バズる記事」も高確率で出るようになった。しかし一方で斉藤さんは、メディアが共感を最優先して突き進んでいくことへの恐怖も感じているという。

「受け手の感情を動かせば、PVは上がる。でも多くのメディアがPV至上主義でそればかりやっていると、記事を読んでほしいがために人々の感情を刺激するだけの方向に進んでいきかねない。市民の感情が煽られ、冷静さを失った社会の危険性は、歴史を振り返るまでもありません」

 その点は十分に肝に銘じるべき。でも、かといって私たちメディアは「デジタル」に背を向けることはできない。斉藤さんは、そう言い切る。

「紙媒体を読む人が減る現実の中、社会的に価値があるとメディアが信じ、『伝えなきゃ』と思う情報はできるだけ多くの人に届ける。そのためには、もはやデジタルで出さなきゃ意味がない。そのために、書き方を工夫する努力を怠らない。それに尽きます。苦い薬を甘くして何とか飲んでもらう。そんな感覚に近いかもしれません」

デジタル空間のあやうさ

 斉藤さんが著作を世に出したのは、メディアで働く同業者にノウハウや思いを伝えるためだけではない。デジタルという情報空間が持つあやうさや、危険性。それを「受け手」にも知ってもらいたいと考えている。

「私たちがいまや手放せなくなったデジタルの情報空間というものがいまどうなっているのか。社会全体で共有すべきことだと思いますし、新聞という旧来のメディアの人間が苦闘する姿を通して、読者にも一緒に考えてほしい。そんな思いもあります」

【プロフィール】
さいとう・ともひこ/1972年生まれ。共同通信社社会部記者、社会部次長などを経て2024年5月から同社デジタル事業部担当部長。著書に『和牛詐欺 人を騙す犯罪はなぜなくならないのか』(講談社)など

こちらの記事もおすすめ 月の平均PV約3億「文春オンライン」 出版社系ウェブメディアでトップに躍り出た「花」と「団子」の戦略
[AERA最新号はこちら]