
旅費は旅行の悩みの種。その種を取り除く方法を、旅行作家として名をはせる下川裕治さんは知っている。
それは「宿に泊まらない」こと。
でも宿無しで旅行なんて大変じゃない? とお思いの方は必見。下川さんが「宿に泊まらない旅」の魅力を5月9日刊行予定の『シニアになって、旅の空』にてたっぷり紹介!
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僕にはフェリー旅がちょうどいい
『シニアになって、旅の空』 朝日文庫より5月9日発売予定
若い頃からバックパッカー旅をつづけてきた。その軌跡には僕なりの思い入れもあるが、人々が考えるバックパッカー旅というものは、いかに旅費を切り詰めるかという部分に収斂されるように思う。
実際、旅の途中で僕の頭のなかを支配しているのは「節約」である。安い食堂を探し、現地の人々が乗るバスに揺られ、安宿を泊まり歩く……。そんな旅でなければ見えないものを僕は書き綴ろうとしてきたが、その歩き方はいかに安く旅をつづけるかという一点に染まっていた。
旅の費用のなかで、最も節約効果が高いのが宿代だった。いまはネットで安い宿を探す時代だが、僕の若い頃はそんなツールもなく、十円でも安い宿を求めて、一軒一軒歩いて探した。
しかし安宿のさらに上のレベルの節約がある。それは「宿に泊まらない」ことだった。
たとえば朝の七時台の飛行機に乗るとする。空港でのチェックインは午前五時……宿を出るのは午前三時ぐらいになることが多い。こういうとき、僕は迷いもせずに前夜に空港に向かう。空港に着き、場所を確保する。そこで寝るわけだ。午前三時に空港に向かうとなると、電車やバスが運行していないことも多い。そんな街ではタクシーに乗らざるを得ない。空港前泊すればその足代も節約できる。
僕は七十歳になったが、空港前泊は体と頭に刷り込まれている。いまでも空港で寝ることに抵抗感はない。旅がちな人生を送ってきたから、世界の空港の寝場所は脳裡に刻まれている。タイのスワンナプーム国際空港は、二階の航空会社オフィスの前あたり。ここに置かれたベンチは動かすことができるので、つなげれば快適な寝床になる。韓国の仁川国際空港は到着階フロアの両隅。アメリカのサンフランシスコ国際空港ではターミナル2とターミナル3の間にあるレストランが空港宿泊組に開放されている。
はじめての空港に到着したときは、ターミナルビルを出るまでの道すがら、僕の視線は寝場所探しに向けられる。長年培った勘があるから、柱の裏側や意味もなく置かれたベンチなどに目が止まる。
前泊目的で空港に行くと、僕と同じように空港泊を決め込んでいる人たちがすぐみつかる。バックパッカーの勘である。彼らの後をついていけばいい。