(写真/本人提供)

 ただ、提言の内容が当時では過激過ぎたのか、社長らは「ちょっと時間を置こう」と棚上げしてしまい、落胆する。ところが、数年後に次の社長になった香西昭夫氏が「これだ」と棚から出して、実現してくれた。そのときは初めての海外勤務でベルギーにいたが、会社の未来に自信と確信が湧いた。

 ベルギーは、94年12月から首都ブリュッセル郊外のマヘラン市に設立したばかりの現地法人にいた。買収した会社の屋根裏部屋へ女性秘書と2人で机を運び込むことから始め、ファインケミカルの染料を大阪事業部から輸入して欧州で売った。98年3月に帰国したときは、現地社員は20人を超えていた。

経営統合は破談も協議通じて確認した自社のあるべき姿

 帰国後、半導体関連の電子材で事業部長として、営業の「現場」の苦労も、初めて知った。破談にはなったが、三井化学との経営統合の協議を担当し、自社のあるべき姿の確認もした。

 2011年4月、社長就任。いい伝統として全社に実践を求めたのは、言論の自由とプラグマティズム(実用主義)。理屈ばかりこねず、事象に即して現実的に考え、行動に移す企業文化は、何としても継承したい。「現場」をちゃんとみて、正しいと思うことを主張し、正しくないと思うことは指摘して、行動に移さなくてはいけない。そんな強い思いを、込めた。大阪製造所で知った「現場」の大切さが生んだ『源流』からの流れが、広がっていく。

 2019年4月に会長、2021年6月には日本経団連と大阪・関西万国博覧会(万博)協会の会長に就任した。経団連会長として4年近くの感想と万博への期待は次回で詳しく触れるが、万博開幕はもうすぐだ。テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。世界の生態系に異変が起き、気候変動などで地球の将来や生命の安全・安心に黄信号が点滅しているいま、日本の将来を託す若い人たちに、ぜひ「いのち」の重さを噛みしめる機会にしてほしい。

『源流』の流れにある「謙虚な気持ちで相手に接し、学んで、相手の意見をよく聞く」の「相手」には、万博が発信するメッセージも含まれる。十倉さんはそう期待している。(ジャーナリスト・街風隆雄)

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