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「日本三大ドヤ街」の一つで、全国最大の日雇い労働市場があると言われる大阪市西成区の釜ケ崎。YouTubeなどでは「治安が悪い街」として紹介されることも多い。
しかし近年、西成区内の犯罪は減少。違法露店や覚醒剤の密売なども激減した。また関西空港や歓楽街ミナミへのアクセスが良いことから、インバウンド客が宿泊する観光拠点として注目されている。
発売中の書籍『西成DEEPインサイド』(朝日新聞出版)では、そんな釜ケ崎に暮らす人々の半生に迫った。東京から逃亡し、西成に流れ着いた宮本信芳さん(63)もそのひとりだ。同書より一部を抜粋・編集してお届けする。
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革命家チェ・ゲバラがキューバ上陸の際に乗った船「グランマ号」。同じ名前の居酒屋が、釜ケ崎にある。
「店名からバリバリの活動家って思われるんですが、元々はただの泥棒ですよ」
カウンターとテーブル席が三つの照明を抑えた店内。作業着で厨房に立つ店主の宮本信芳さん(63)は笑う。
横浜市出身。大学卒業後に勤めた社会福祉法人を退職後、長くキャバクラ業界で生きてきた。
東京のキャバクラで働いていた2005年。魔がさして店の売上金560万円を横領して逃亡した。名古屋、京都などを転々。お金が底をつきかけ、物価も宿泊費も安い釜ケ崎へ行きついた。
通称「カマ」と呼ばれる釜ケ崎は「怖いイメージがあり、心細かった」。「新井」という偽名を使い、住み込みでドヤの清掃員をした。
宿泊者のほとんどが生活保護の受給者。部屋で孤独死している人もいた。発見者として警察から事情を聴かれると、氏名や生年月日を少し変えてごまかした。
「東京での横領が発覚しないか冷や冷やしました」
たばこ代や食費を削って貯金をし、天ぷらとおでんが人気の居酒屋を引き継いだ。経営は順調で、譲り受けるときに支払った100万円も回収した。
時効を迎えたと思ってホッとし、仕入れ用の三輪車で店に向かっていたときのこと。突然、後ろから走ってきた若い男性が追い越して、三輪車を止めた。