伊藤詩織さん監督のドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」が米アカデミー賞にノミネートされた(映画公式サイトから)
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作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、アカデミー賞にノミネートされたドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」について。

【写真】米国での上映会後、質問に答える伊藤さん

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 伊藤詩織さんが監督したドキュメンタリー映画作品「Black Box Diaries」が米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。深い絶望と恐怖のなか、絶対に諦めずに、「やれることは全部やる」という強い意思で、重く閉ざされていた扉を一つ一つ開けていったその姿勢に、敬意を示したい。  

 2015年に最高権力者と親しい関係にあった男性から性被害を受け、警察が被害届を受理するまで自ら証拠集めに奔走し、やっと出た逮捕状は直前で執行が取り消され、顔を出して記者会見を行い、検察審査会に審査を申し立てたが結果は不起訴相当、それでも諦めないと声をあげ続け、ついに2022年、民事裁判で同意のない性行為であったことが認められた。「Black Box Diaries」は、そんな伊藤さんの闘いの記録だ。

 ジャーナリストを志望していた伊藤さんは、自らの日常を記録し続けた。大切な通話を録音し、弁護士との会議や、自らが出向く取材にもカメラを持ち込んだ。自宅で一人になった時はカメラに向かって、思いを吐き出すように語った。映画自体は1時間42分だが、その背後にはどれほどの記録が残されていたのかと圧倒されるものがある。痛みと絶望と恐怖に打ちのめされながら、一つ一つのBlack Boxを開けた伊藤さんの努力のすべてが、世界最高峰の映像の賞の一歩手前までいくという形で報われたのだ。

 ただ残念ながら、そのことを本当におめでとう! と心から喜べない状況が今、起きている。

 昨年10月、伊藤さんの闘いに、文字通り人生をかけ真摯に伴走してきた西廣陽子弁護士らが記者会見を開き、「Black Box Diaries」で使用されている映像に、許諾が取れていないものがあると訴えたのだ。西廣弁護士を知る者の一人として、西廣弁護士がここまでするのならば大変なことが起きたのだと思った。

 記者会見で語られた問題は以下だ。

  伊藤さんが被害にあったホテルが提出した防犯カメラ映像が使われている。これはホテル側と「裁判以外では使用しない」と誓約書が交わされている。

  名前を出し証言することに承諾を得られなかったタクシー運転手の映像が使われている。

  情報提供した刑事の秘匿が守られていない。

  西廣弁護士との会話が無断で録音され使用されている。

  もちろん、西廣弁護士らも突然このような記者会見を開いたわけではない。映画制作の話があった時点から、西廣弁護士と伊藤さん両名で誓約書にサインした「防犯カメラ映像は使ってはいけない」旨を再三伝え、伊藤さんも対応を約束していたという。ところが昨年7月に有志による映画上映が行われ(西廣弁護士は上映会があること自体知らなかったが、直前に知人が誘ってくれたという)、その約束が果たされていないことを知った。その時の気持ちを西廣弁護士は記者会見で、こう語っている。

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