勝ってではなく負けて感動させる試合があるんですね、五輪には。2014年のソチ五輪で最終的に6位に終わったフィギュアスケートの浅田真央選手がそうだった。4連覇のかかったリオ五輪で決勝戦に敗れたレスリングの吉田沙保里選手もそうかもしれない。
『迷わない力』は、五輪直前に出版された吉田選手の本。これを読むと、彼女がどれほど勝ちにこだわってきたかがわかる。
 必要なのは絶対に勝つんだという強い気持ち。〈それ以外の遠慮や優しさは、マットの上では必要ない、というか、はっきり言って邪魔です〉〈よく、試合後に、負けはしたけれど強敵相手に善戦できて満足した、みたいなコメントをする人がいますが、冗談じゃありません。勝負は勝たなければダメ。絶対にダメです〉
 ですよね、ごめんなさい。
 と、ヘタレな私どもとしては謝るしかない精神力だ。
 副題は「霊長類最強女子の考え方」。元全日本チャンピオンの父の下、3歳でレスリングをはじめ、5歳で試合に初出場。そのとき対戦した男の子が金メダルをもらう姿を見て〈私の負けず嫌いが始まった〉。二人の兄ともども〈すべてがまずレスリングありきなんですよ、吉田家は〉という環境で育った彼女にとって、負けはそもそもありえないことなのだ。
 とはいえ、最強女子とて人の子である。〈試合に負けるというイメージは、私の頭にはこれっぽっちもありませんでした。もっと言うなら、このまま引退まで無敗のままいけると、当たり前のように思っていたのです〉〈「この私が負けた。それも強豪とはいえない外国人選手に」/予期していなかった結末に、私は頭が真っ白になりました〉。これは08年1月のワールドカップでアメリカの選手と当たり、公式戦119連勝の記録が断たれた際の言葉。
 まーでも長い人生、負けを知ることも大事だよね。でないと負けた人、弱い人の気持ちがわからないから。彼女自身もいっている。〈試練は友だち、逆境上等でいきましょう〉。そういうこと。

週刊朝日 2016年9月9日号