ごく普通の主婦が「陰謀論」にハマり、抜け出せなくなった。コロナ禍のまっただ中、息子である男性は母を元の世界に戻そうと必死に闘い、抗えぬ現実に怒り、涙したこともある。あれから3年。あきらめと、ほんの少しの悔いに似た「もしも」を抱えながら、今を生きている。「母を失った」当事者として伝えたい思いとは。
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世間話でスイッチ
「〇〇県で子どもが行方不明になったってニュースでやってるね」(男性)
母との電話で、男性が不意に口にしてしまった世間話が、母の「スイッチ」を刺激した。
「ああ、あの現場の近くで〇〇(国名)人が別の事件で捕まったってさ」(母)
「……」(男性)
“危険”を察知した男性はすぐに話題を変え、用件を伝え終えると電話を切った。
母が口にした「〇〇人」は、母がハマった新型コロナウイルスをめぐる陰謀論のストーリーでは、陰謀を仕組んだ国の住民。完全なる悪の存在だ。
荒唐無稽な陰謀論をSNSで拡散
男性の母は、陰謀論にハマっている。ロシアのウクライナ侵攻、東京都知事選や、先の兵庫県知事選。対象を次々に変え、荒唐無稽な一貫性もない主張をSNSで拡散し続けているのだ。
話したくて電話したわけではない。でも、親子だから、冠婚葬祭など、連絡を取り合わねばならないときはある。
母の脳内には陰謀論を語りだすスイッチが無数にあり、男性はスイッチを起動させないように、警戒を張り巡らす。
もともとは何でも話し合うことができた仲良し親子の、変わってしまった今だ。
男性は、ぺんたんさん(30代)。自らの体験を形に残そうと描かれた漫画『母親を陰謀論で失った』(KADOKAWA、2023年刊行)の原作者だ。
母が陰謀論に陥り始めたのは、コロナ禍まっただ中の2020年5月ごろ。ぺんたんさんは故郷を離れて結婚しており、両親とは離れて暮らしていた。
「コロナウイルスは意図的にばらまかれている」
「〇〇茶がコロナに効く」
母が、そんな動画やSNSの情報を、LINEで送ってくるようになった。