死んだら流す曲は決まっている
帯 そうすると、やっぱりあの世はないと思われているんですか。
渡 もちろんないです。あるわけがない。最近、親友が死にましてね。高校の2年後輩で、参議院事務局にいて、その後、中曽根康弘さんの秘書をやってたんです。彼から突然僕のところに手紙がきた。それには「諸先輩 友人 知己の皆様 私 小林克己はこのほど死亡いたしました。謹んでお知らせし……」とある。署名は間違いなく彼の字なんです。さらに、葬式はやらないので、この挨拶状が最後になると書いてあって、「私は、来世とか霊魂とか輪廻とかいうものを信じておりませんので、今日只今、一握りの灰となって終わります」と続いていた。
僕も同じなんですよ。でも、彼は女房が死んで子どももなくひとりだったけど、僕には、病気だけれど女房がいるし、子どもがいるし、孫がいる。坊さんを呼ぶような葬式はやらんでいいんだが、灰で終わりというわけにもいかない。だから、てめえの石ひとつぐらいおやじの墓の脇にぽっと置いておけばいいと、せがれに言ってあるんですよ。石の碑文も用意した。そこにある。(と主筆室の壁を指す)
帯 「終生一記者を貫く 渡辺恒雄之碑 中曽根康弘」とありますね。
渡 中曽根さんにね、お互いに生きてるときじゃないと頼めない。すぐ書いてくれと言ったら2、3日で額に入れて送ってきてくれましたよ。
帯 ところで、その下にある刀と木刀は何なんですか。
渡 昔、僕が論説委員長のときに2度、暴漢が飛び込んできてね。2度あることは3度ある。で、3度目は刀と木刀を使い分けて、バサッとやってやろうと思って。(笑い)
帯 いいですね。迫力あります。
渡 新聞社のトップっていうのはいつ殺されても不思議はないから。
帯 死んだら流す曲が決まっていらっしゃるということですが。
渡 ああ、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」ってやつですよ。僕が明日徴兵されるという日に、さっき話した小林をはじめ後輩たちを集めて、一晩徹夜で朝までいろんな話をした。最後に母親が11の神社で求めてきたお守り11枚、私は無神論者だから一枚一枚焼いたんです。そして「悲愴」を聴いた。今でも当時を思い出して車の中で聴きます。死んだら、坊さんは呼ばずに、お経もなし。チャイコフスキーの「悲愴」、それだけです。