不機嫌にならないと損をすると思っている
――どうしてなんでしょうね。
【養老】みんなでやってるんだよ。
【名越】ああ、揃ってやってる。赤信号をみんなで渡ってるんですよ。
【養老】そうしないと損すると思っているんじゃない?
【名越】でもそういうことでは、ブレイクスルーできないと思うんですけどね。ブレイクスルーしている人は、大病して、この先の人生は楽しく生きていこうと決心したというようなバックグラウンドを持っている。実際、会場で話を聞いたら、「若い頃に肝臓を傷めた」とかそれこそいっぺん死にかけたいう人がいるんですよ。そういう男性はやわらかな表情で講演を聞いて、ときどき笑ってくれたりする。やっぱり1回ブレイクスルーが起こらないと、みんなまとまって赤信号を渡ってしまうんじゃないのかな。
【養老】駅で、具合悪くなったり、倒れたりしている場合があるでしょ。そういうとき、いちばん手助けしてくれないのは日本人だって。
日本の社会は「人がぎゅうぎゅうに詰まっている」
【名越】ああそういうこともありますね。僕は2、3カ月にいっぺんぐらい、そういうシーンに出くわしますけど、だいたいいつも僕が一番です、倒れている人に声をかけるのは。医者ということもあるかもしれないけど。「大丈夫ですか?」とか、「立てますか?」とか言ったり、荷物運んだり。僕がそうやる前に、誰かが同じようなことをやっているのはあるはずだけど、僕はほぼ見たことがない。この数年間では一度もない。いい人をアピールしてるんじゃなくて、事実のことだから。
「袖すり合うも多生の縁」という言葉があるけれど、たまたま駅で出会った具合悪い人に、「大丈夫ですか?」とかね。そんなに親しくない、袖すり合ったぐらいの人に、声をかけることができるかどうかというのは、結構大きな課題かもしれないね。
――満員電車の中で、ちょっとぶつかっただけなのに、すごい勢いで跳ね返してくることがあります。
【名越】時々あるよね。だから自分でいるということにもうちょっと集中した方がいいってことですよね。
【養老】それができないんですよ、環境的に。やっぱり日本の社会って、人がぎゅうぎゅうに詰まってるっていうのをもう一度、みんなが再認識した方がいいんじゃないですかね。人が減ってくるともう少し世界基準に近づくと思うけど。
【名越】日本は長い間、3000万人ぐらいの人口でしたか?
【養老】江戸時代が4000万人っていうんですから。日本もこのままいくと、2070年には約8700万人ぐらいまで落ちるらしい。そこまでいくとずいぶん余裕ができるじゃないですか。
【名越】そこまでいけば「近づくな!」って言わなくても済むようになりますね。