
戦後、東西の「壁」に分断されてしまったドイツ。その東側で育ったヘドウィグがアメリカ兵に恋し、渡米するが、性転換手術の失敗で図らずも残ってしまった“怒りの1インチ=アングリー・インチ”がその後の人生の「壁」になる。
三上はアメリカのひとり旅でたまたまこの作品を観ている。小さな劇場で、料金15ドルだった。
帰国すると日本公演のヘドウィグ役が回ってきた。原作者ジョン・C・ミッチェルとの交流もはじまり、ヘドウィグのその後はどうなるのだろうと尋ねると、「どこかローカルの大学で愛の哲学でも教えているんじゃない?」とジョンが答え、三上は深く頷いた。ヘドウィグが歌うのは薄汚れた場末のライブハウスだが、彼女には類いまれな品があった。
愛を求め、裏切られ、それでも恋を続ける孤独な主人公を演じるために、三上は今回も「生々しい自分のまま」で舞台に立ったという。

公演パンフレットには彼の表現論が掲載されていた。
「僕にとって演技は“月の活動”。徹底して自分を消して臨む代わりに、もらった役や設定を変幻自在に反射して別の像を形作る。逆に音楽は自分から光を発して周囲を照らす“太陽の活動”」。そして、この作品と役柄には「月と太陽があり、交錯させられたのかもしれない」と語っている。
パルコ劇場で三上は際の際まで己をさらけだしてマイクに向かう。そして観客は総立ちになってそれに応えていた。舞台の終盤、そこかしこに涙が光る客席の間を三上は歩いて歌った。大きく手を振りながら。
差し出された彼の手に僕も触れることができた。繊細なその触感に、三上博史のナイーブさと演者としての知性を知った。
(文・延江 浩)

HIROSHI MIKAMI/HEDWIG AND THE ANGRY INCH【LIVE】
東京 PARCO劇場 2024年11月26日(火) ~ 2024年12月8日(日)
京都劇場 2024年12月14日(土)
仙台PIT 2024年12月18日(水)
福岡 キャナルシティ劇場 2024年12月21日(土)
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