「ここはぬるま湯です」
そう言ってなかば押し付けられたメンター役。入社してきた新卒職員は、神田美月(仮名)という23歳の女性だった。大卒で聡明(そうめい)そうな雰囲気をかもし出していた。
「よろしくお願いします! 学生時代は学生寮に入っていて、多くのイベントを企画、開催していました。社会人になってからも、社員寮でのイベントを企画したいです」
元気よく自己紹介するその様子に、高田はひとまず安心していた。だが、最初の“異変”はゴールデンウイークを過ぎた頃に起こった。
「高田さん、お話があります。アタシ、入社直後に新人セミナーに参加しましたよね。その際に、“会社への企画案”を出したのですが、いつになっても社内で実現しません。どうなっているのでしょうか」
神田は高田にこう打ち明けてきた。早速、部長に確認すると、
「研修直後に『よくできている。この調子で頑張って』と神田さんには伝えたけどな。でも、企画を出させたのは新人研修でのありきたりなセッションで練習にすぎない。そもそも、経験もない新人の企画なんて使えるわけがないのは君も分かるだろう。うまく言っておいてくれよ。くれぐれも彼女の気分を害させないように、よろしくな」
高田は、前のめりの新人と丸投げの部長との間の板挟みに、悩む日々が続いた。
「他の会社に就職した大学の同期は、責任ある仕事を任されています。海外に赴任している人もいます。なぜ私だけ毎日単純な事務作業ばかりやらされるでしょうか」
神田の自己主張は日に日に激しさを増し、攻撃的な物言いになっていった。
「別に残業がイヤとは言っていません。もっと多くを学びたいのです。これでは全然成長ができず、大学の同期に後れを取ってしまいます。焦っています」
「隣の部署の人から『将来のエリート幹部はさすがすごいね』と嫌みを言われました。皆さん相当暇なのでしょうか」
「事なかれ主義で、自分で考えようとしない。ここはぬるま湯です。親会社の顔色ばかり見ているだけじゃないですか。私までもが思考停止になりそうです」
感情が高ぶった神田の表情は目に見えて険しくなり、時には涙声で訴えることもあった。
そうなると、周囲の職員や部長までも、「面倒くさい」「関わりたくない」と遠巻きになり、メンター役の高田はますます孤立無援となっていった。