神戸女学院大学の卒論は推古天皇について、この図書館で書いた。「女帝もいいな」と思って選んだが、社長になって読み返すと、自分は女帝ではないが運命的なものを感じた(写真/狩野喜彦)

 ノートに書かれていたことから「技術は客のニーズから生まれ、社員たちがつくるものから出てくるが、人の琴線に響くような感性を持ち続けて経営してほしい」と、社名に込めた思いを感じ取る。藤原社長も読んで共感し、母娘は「アート」の言葉を入れた意味に、自分たちがやろうと思っていることと共通点が多いことに、心を強くし、亡き善也さんに感謝した。

 業績は、大阪大学工学部を出た技術者の善也さんが生前に開発を進めた先端機械が開花し、章夫さんが拓いた海外販路が果実をもたらし、醸造機械や麹をつくる機械で大きな成果を出している。国内の名立たる造り酒屋も、客に名を連ねている。

 社長になって24年だから長いとは言えるが、社員時代がゼロだから、中卒や高卒で入社した社員たちが働いた年月の半分程度。「もう半分はできる」と笑うが、「いつ交代してもいい」が、本音だ。

藤原家に久々の男子社員旅行でいじられうれしそうだった

 さらなる成長への道は、副社長で経営全般をみている加奈さんを、東京駐在の取締役で海外営業や人事などを分担している次女の由佳さんが支え、築いてくれるだろう。孫が娘2人に2人ずついて4人。加奈さんの長女と長男は岡山市で一緒に住んでいたので、週に何度か仕事を早めに切り上げ、食事をつくっていた。ただ、長女は今秋から米ニューヨークの高校へいき、長男は中学校1年生。東京にいる次女の娘たちはまだ小さい。

 加奈さんの長男は藤原家久々の男子で、小さいときから会社へきて居心地よさそうにしていた。大きくなるにつれ、経営の話も姉と一緒に聞いていた。ニューヨークへいった姉が「すごく興味がある」と言えば、弟も母に「ここは、こうしたほうがいいのでは」と言うらしい。社員旅行にも参加し、社員たちがかわいがってくれて、本人もいじられてうれしそうだった。

 神戸女学院大学では、学生寮に入った。人格が形成されたのは、あの4年間だ。遠慮のない先輩や後輩の言葉に、それまで気づかなかった自分の至らない点がいくつも分かり、どうすればいいかを考えることが身に付いていく。

 男子の孫も学校だけでなく、暮らしのなかにある会社と触れて「社会」を受け止めていくだろう。加奈さんも、娘に続いて息子にかける時間が要らなくなれば、トップに立てる。同時に責任も負う。次の後継者の育成だ。誰がなるにしても、一番求めるのは、会社への思いだ。

 94歳で健在の母は、元・主婦の社長が志向する「家族のような会社」の最大の理解者だ。それぞれ役割を持つ肉親の家族の周囲には、社員たちという「家族」もいる。『源流』を遮るものは、視野に一つもない。(ジャーナリスト・街風隆雄)

AERA 2024年11月18日号

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