その年のイチローは打率1割8分8厘に終わっており、まだ才能が開花する前だった。しかし、軸がしっかりとしてシャープなスイングをするイチローに広野は驚いた。
「お父さん、息子さんはすごいですね」
「でも、レギュラーじゃないんですよ。一軍に出ても打てない。広野さん、なにが悪いんですか?」
5分ほどイチローを見た広野は、ある欠点に気がついた。打ちにいく際にバットが左肩のほうへ倒れるのだ。
「お父さん、あそこ。打ちにいく瞬間、バットが寝るでしょう。その一瞬でバットの出が遅れるんです。二軍では打てますが、一軍の投手の速くてキレのあるボールには差し込まれます。でもね、これは本人が無意識にやっていることでしょう。これを直そうとすると他の動作に制約がかかるため、かなりストレスになる。簡単には直りません。1年はかかるでしょう。ただ、これが一軍と二軍の壁になります」
「なるほど。わかりました。息子に伝えておきます。ありがとうございます」
イチローがバッティング練習を終えると同時に、父もまた去っていった。