「感想を言うべき典型的状況をふたつ挙げると、私のような編集者が作家に原稿を読んだ感想を言うみたいな『仕事状況』、そして、初めてのデートで映画を観たあとに感想を語り合う『私的状況』になるでしょう。どちらにも必要なのは『予習』です」

 こう話すのは、編集者として松本清張や塩野七生らを担当してきた堤伸輔さん(67)。「清張先生から原稿を渡され、その目の前で読んだ緊張感は忘れられません」と話す。

「こちらをじっと見つめる大作家の前で、手の震えを抑えながら原稿用紙をめくる。その震えは、もちろん読了後に感想を『言わなければならない』からです」

 心がけたのは、とにかく「具体的に言う」ことだという。

「抽象的な賛辞では作家は満足してくれません。最初からうまく言えたわけではありませんが、回を重ねるうちに『キラーフレーズ』にも気づきました。清張先生はリアリティーを追求する作家。その原稿のどこがどういいか『具体的に』挙げたあとに、『先生、これはリアリティーがあります!』と締めると、にんまりと相好を崩してくれました」

 具体的に言う練習をし、相手の琴線に触れるのはどういう言葉かを常から考えておくのが「予習」なのだと堤さんは言う。では、「私的状況」ではどうか。

言いたいかどうか

「映画を観て気の利いた感想を言うのは、もっと難しいかもしれません。私は映画『オッペンハイマー』の評を書きましたが、これは文字通り『予習』が必要な映画で、あらかじめ原爆開発の歴史をざっとでも勉強しておかないと映画の細部がわからない。デートで観る映画でそこまですることはないでしょうが、あらすじなどに沿って事前に『こんな感想を言うかも』と考えておくと、自然とそれを『仮説』にしながら観ることになるので、物語に入り込めて言うことに具体性が出てきます。このケースで大事なのは、相手の感想もよく聞いて、そこから話を深めていくことだと思います」

 まずは入念な「予習」を。やはり努力は必要なのだ。

「こうしたことは、語彙力に限らず国語力そのものが問われるのだと思います。そんなしちめんどくさいことはやりたくない、という人は、それでいい。感想は、言いたいかどうか。言いたくもない感想は言う必要はないでしょう。ただ、原稿をいろんなところに発表する身として、それを受け取った相手がろくに感想を言ってくれないと、哀しくなるのも事実です」

 仕事状況の感想は、やはり「下手でOK」とはいかないようだ。(編集部・小長光哲郎)

AERA 2024年11月4日号

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