後藤浩一(ごとう・こういち)/1961年、東京・浅草生まれ。フルーツパーラーゴトー店主。明治大学卒業後、ビジネス書出版社で営業、広告会社で企画デザイン業務を経て独立。40代で実家のフルーツパーラーを継ぐ。著書に『フルーツをもっとおいしく楽しむ本』(写真/写真映像部・佐藤創紀)
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 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

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 浅草・ひさご通りにある「フルーツパーラーゴトー」。戦後、後藤青果店としてスタートしてから土地の人々に愛され、フルーツパーラーとなった店の3代目が、季節のフルーツパフェを一つずつ紹介する。写真やイラストとともに家族と街の歴史も語った、愛すべき一冊となった『ゴトーさんちのフルーツパフェ』。著者の後藤浩一さんに同書にかける思いを聞いた。

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 浅草寺の境内から浅草花やしきを通り過ぎ、観光客の流れもおさまったあたりにある、ひさご通り。今もなお昔ながらの浅草の気配を感じられるエリアに「フルーツパーラーゴトー」はある。

 店主の後藤浩一さん(63)は3代目。2代目である母・節子さんに後藤さんの息子夫婦という、3世代でお店を切り盛りしている。派手な盛り方で、数千円の価格をつける流行りのパフェが「ハレ」を目指しているとすれば、ゴトーのパフェは「ケ」のパフェだ。毎日食べたくなるパフェだから、2個、3個と注文する客も多い。

「店で出しているパフェをすべて載せようということで、時間をかけて作った本です。おかげで『なぜこういうパフェを作ろうと思ったのか』と、考えを整理する機会になりました。僕は音楽が好きなんですが、アルバムのライナーノーツを読んで、曲の背景を知ると、より音楽を楽しむことができる。そんなふうにパフェについて書いたら、楽しいかもしれないと思ったんです」

 ひさご通りでスタートした「後藤青果店」がフルーツパーラーになり、3代のバトンをつないで現在に至る。家族経営が今の味を生み出したことが、本を読んでいくとわかってくる。

『ゴトーさんちのフルーツパフェ』(1980円〈税込み〉/ステュディオ・パラボリカ)浅草・ひさご通りにある「フルーツパーラーゴトー」。戦後、後藤青果店としてスタートしてから土地の人々に愛され、フルーツパーラーとなった店の3代目が、季節のフルーツパフェを一つずつ紹介する。写真やイラストとともに家族と街の歴史も語った、愛すべき一冊

「果物を扱うという時点で、経済効率は悪いんです。自分がビジネスとして始めるなら、フルーツは絶対に選ばなかった。僕が店を継いだ経緯としては、父が亡くなり40代から店をやっていた母が病気で長期入院することになったからです。母の入院中に店を閉めるのは嫌だな、と。平日はデザイナー業をやって、最初は週末だけ店を開けていました。店はやらないと言って結婚したので、妻には嘘をついたことになっちゃった」

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