(写真/アフロ)

 初めて自身が開発に携わったアプリケーションを搭載したカメラが市場に出たとき、桐山は、家電量販店に出かけ、手掛けたカメラが並んでいるところを見て回った。

「サイバーショットだったと記憶しています。店頭で、“これが私たちがつくったやつだね” “お客さんが手に取るんだね”と眺めていると、すごくうれしかった。担当したのは、搭載されたアプリケーションの小さな1機能にすぎませんが、自らが携わったものが商品としてお客さんに届くということは、大きな喜びでした。家族にも、“これが、私が携わったカメラだよ”と自慢しました。コンシューマー向けのものをつくっていたからこその感動ですね。私の仕事の原点です」

 桐山はその後、13年に業務用カメラの開発に異動し、ミドルウェアの開発に携わった。映像や音を一緒に保存する際、どの規格に沿ってどう書き込むか、書き込まれたものをどう再生するか、といった部分である。

 カメラのソフトウェアの開発は、一般的に大規模な開発になる。多いときには、桐山が所属するプロジェクトチームは数十人ほどにのぼった。

 彼女の業務は、パソコンの画面やモノに向かい合い、黙々と取り組む時間が長かった。その中に、やりがいや楽しみを見つけて、経験を重ねていった。大変な仕事が終わると、ときには同僚と飲みにいくこともあった。充実していたし、楽しかった。

入社7年目30歳のときに「社内募集制度」に手を挙げる

 分岐点がやってきた。入社7年目の15年、自分に足りないものに気づいたのだ。

「同年代の人が集まる活動に参加したところ、専門性を追求している人が仕事の説明をしているのが、キラキラと輝いて見えました。私は、カメラのソフトウェアについて幅広く経験してきていましたが、“自分はこの技術領域のエキスパートだ”といえるものは持っていなかった。そのとき、何か1つに定めて、専門性を深掘りしたいと思ったんです」

 ユーザーに直接届く製品の開発に携わることは、もともと桐山にとってソニーの志望動機だった。実際、学ぶことは多く、充実していた。しかし、誤解を恐れずにいえば、カメラのソフトウェア開発は、与えられた仕事だった。より主体的に、自分の関わる仕事を選び、その分野を突き詰めることで、自身の成長を実感してみたかったのだ。

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