診療科によって、働き方は異なる

 実際のところ、勤務医はどの程度の時間外労働をしているのだろうか。厚生労働省が19 年に行った勤務実態調査によると、時間外労働時間が年960時間を上回っていた勤務医は38 %、さらに9%は1860時間を超えていた。高橋教授はこう話す。

「時間外労働の状況は診療科による違いが大きく、ほとんど残業がない診療科もあります。一方、長時間労働の傾向が強いのは、外科系、産婦人科、救急科です」

 これらはいずれも、命にかかわる、なくてはならない診療科だ。手術や術後管理、急な患者にも対応できるよう24時間態勢を維持しなければならないなど、業務の性質上、長時間労働にならざるを得ない事情がある。より多くのマンパワーが必要な診療科なのに、働く医師数は少ないという。

「きつい診療科なので、人が集まらないんですね。人手不足だからますます忙しくなり、さらに敬遠される、といった悪循環に陥っています」

 実は、こうした診療科ごとの医師の偏在が進んだのは、ここ20年くらいのこと。「04年からスタートした新医師臨床研修制度がきっかけ」だと高橋教授は言う。

「この制度が始まるまでは医師免許を取得すると部活の先輩などに誘われるまま入局するケースが多かったので、激務とされる診療科でも新人を確保できていました。ところが新医師臨床研修制度では初期研修の2年間で診療科をローテーションするため、さまざまな診療科を見て、じっくり比較検討することができるようになりました。インターネットも普及し、SNSなどを通して『ここの診療科はきつい』といった情報も入ってきますから、おのずと激務の診療科は敬遠されるようになっていったのです。また、そのころから女性の医学部進学率が急上昇し、ワーク・ライフ・バランス重視の流れが加速したことも少なからず影響したと思います」

診療科別の時間外・休日労働が年1860時間超の医師の割合

働き方改革を機に医師の意識が変わった

 当初の予定通り、24年4月から時間外労働時間の制限がスタートした。外科、産婦人科、救急科はただでさえ人手不足で長時間労働になっているところに、「働く時間を短くしなさい」という制限がかけられることになったわけだが、医療現場に混乱は生じなかったのだろうか。

「救急をやめた病院もいくつかありましたが、近隣の病院が患者を吸収するなどして大きな混乱は見られませんでした」

 高橋教授は「制限が明文化されたことで、医師を含め職員の意識や職場の雰囲気が大きく変わった」と評価する。

「病院内に『なんとかしなければ』という危機感が生まれた。だらだらと病院に長くいるという風習もなくなり、やるべきことをやってさっさと帰宅する医師が増えたと聞きます。コロナの影響があった割には、働き方改革は成功したと言えるでしょう。外科系や産婦人科、救急科をやりたくて医学部に行こうという人も、昔に比べてワーク・ライフ・バランスを保つことができると思います」

 とはいえ、時間外労働が制限されることで今後医療に影響が出ることも懸念される。

「救急医療が受けにくくなる、外科手術の待機期間が長くなる、地域でお産ができなくなるといったことが起きてくる可能性があります」

 医療への影響を抑えることは重要だが、若手を管理する中堅の医師もすでに新医師臨床研修制度で育った世代になりつつある。高橋教授はこう続ける。

「昔のような『生活をなげうって患者のために働け』という状態に戻すのはもう無理です。現状に合わせてワーク・ライフ・バランスに配慮しながら医療提供体制を作っていくことが求められています」
 

高橋 泰(たかはし・たい) 教授/国際医療福祉大学大学院/医療福祉学研究科医療福祉経営専攻/医療経営管理分野責任者。1986年金沢大学医学部卒。東京大学医学系大学院(医学博士)、スタンフォード大学アジア太平洋研究所客員研究員、ハーバード大学公衆衛生校武見フェロー、国際医療福祉大学教授を経て2014年から現職。

(文/谷わこ、写真/写真映像部・佐藤創紀)

※AERAムック『医学部に入る2025』より

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