元朝日新聞記者 稲垣えみ子
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 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 暑さ寒さも彼岸までという古の言葉どおり、東京では彼岸を過ぎたら急に秋がやってきた。

 す、す、涼しい〜。

 永遠に終わらないように思えた酷暑を思うと奇跡のように思える。「涼しい」という単語を、生きている間にまたちゃんと使えたことがマジで嬉しい。季節がちゃんと巡ることが嬉しい。それほどまでに、これまで当たり前に思ってきたことが全然当たり前じゃなくなっている。

 季節といえば、24節気、というのをご存知だろうか。

 イラストレーターの友人から24節気カレンダーを頂いて以来すっかり気に入って、毎朝これを眺めるのが新しい習慣になった。太陽の光量によって1年を24に分けた古の暦で、数字じゃなくて季節に合わせた名前が付いているのがいいんですね。そしてそれをさらに3等分した「72候」っていうのがさらに味わい深く。動植物や空模様が移ろう様子が細かく記されていて、そうか季節が移ろうというのはこういうことなのかと、その豊かな着々とした変化にジーンとするのである。

なんかいまいち元気ないのが気になるが、いつもの場所に曼珠沙華が咲いてホッとする(写真/本人提供)

 たとえば9月に入ると、5日ごとに「穀物が実る」「草の露が白く見える」「セキレイが鳴き始める」「ツバメが南下する」「雷鳴が聞こえなくなる」「土の中に住む虫が越冬に入る」……といった具合である。ほんと昔の人はよーく自然を観察していたんですね。それだけ自然の影響をもろに受けながら暮らしていたのだろう。

 1日の多くを空調の効いた室内で過ごし、鳥の姿も鳴き声もろくにわからず、地面の下の虫のことなど想像もしたことがない我々は、季節といえば「暑い」「寒い」と文句を言うことしかしなくなった。そんな我らが自ら作り出したのは、穏やかに移ろうことをやめ、時おりドカンドカンと不穏なエネルギーを爆発させるような季節である。

 他の動植物はめちゃくちゃ迷惑を被ってるんだろうなと暦を見るたびに思い、どうかめげずに移ろってほしいと勝手なことを祈る今日この頃である。

AERA 2024年10月7日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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