幽霊の優三が出る直前、優未が寅子に「この先、私は何にだってなれるんだよ」と高らかに宣言していた。寄生虫の研究をしていた大学院を中退した優未は、フリーターだ。研究も家のこともアルバイトも好きだと語り、今どきで言うなら自分探し中である。でも優未は自己肯定感にあふれていた。愛がなくて、自己肯定感は生まれない。だから優三は「約束守ってくれてありがとね」と言ったのだ。

 そもそも「はて?」は、自己肯定感が前提だ。少女の頃は銀行マンの父が、結婚してからは夫が、寅子を全肯定してくれた。そう、寅子は良き家に育ち、夫運も抜群にいい。うらやましすぎると視聴者が思う前に、「虎に翼」は明律大学女子部法科の同級生たちを用意した。家族運、夫運、その他、寅子のように持たない女性たちだ。

 私の贔屓は一貫して山田よね(土居志央梨)だが、後半は寅子と互角の主人公のようだった。弁護士になったよねが関わった「原爆裁判」に至るワンシーンは「虎に翼」で一番泣いた。原告被爆者の弁護団(よねもその1人)は、裁判官の心象をよくしようと原告による証言を計画する。断られ続けたが、広島の吉田ミキ(入山法子)が応じて上京する。

 よねと2人きりになったところで、ミキがこう語り出す。「あなた、きれいね。凛としてる」。どうも、と応じるよね。「私、美人コンテストで優勝したこともあるの。自分で言っちゃうけど、誰もが振り返るほどの美人だった」。ミキの顔から首にかけては目立つケロイドがある。上野駅に降りたらみんなが振り返った、以前と同じ目線ではない、そういう「かわいそうな女」が証言する意味があるのよね、と語る。一息いれ、「差別されない? どういう意味かしらね」と言った。

 よねの事務所の壁には、憲法14条が書いてある。「すべての国民は、法の下に平等であって」で始まり「差別されない」で終わる。よねが書いたらしく、所々墨が垂れている。それを見ての一言だった。

 よねは証言をやめることを提案する。証言すれば、世間の好奇な目にさらされ、傷つく。迷いがあるならやめたほうがよい、と。「声をあげた女にこの社会は容赦なく石を投げてくる。傷つかないなんて無理だ」と言うと、ミキは泣く。そして「伝えたい」と言った。「苦しくてつらい、と聞いてほしい」と。「その策は考える」とよねが言うと、ミキは「ごめんなさい」と繰り返す。「あなたが謝ることは何もない」。そうよねが繰り返した。

 肯定の場面だった。弁護士だから、ミキの話を聞くのは当然だ。でも、聞くのと肯定するのは違う。ミキは心も体も原爆で傷ついた。そのことを訴えたいのだと泣いたのは、よねが自分を受け止めてくれたと思えたからだろう。悔しいとうれしい、両方の涙。そう思え、この半年で一番泣いた。

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よねを最初に肯定したのは