イラスト:サヲリブラウン
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 作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。

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 会食する予定の若者から、落ち込んでいる友達がいるので、厚かましいお願いだが一緒に連れて行っていいかと連絡がありました。どうぞ、どうぞ。ひとりもふたりも、たいして変わらないもの。

 場所は新宿の、美味しい居酒屋さん。こういう場所に若者を連れてこられるようになるなんて、私も随分大人になったと感慨深くなります。私が20代の頃、会社の先輩たちは同じことをしてくれました。いま考えると、結構いいものを食べさせてくれていた。今度は、私の番。

 20代ど真ん中のふたりは、私から見れば可能性の塊のような存在。もちろん、本人たちはそう気づいていません。毎日楽しく過ごしながらも、漠然とした不安に駆られている。私がそうだったように。

 20代の自分を思い返すと、すべての悩みは自他の境界線が引けていないことが根本的な原因でした。恋愛では自分にはどうしようもない他者の気持ちをどうにかしようとしたり、仕事では会社に期待しすぎたり。それらはすべて「私のことをちゃんと扱ってくれない」という不満につながるのですが、それも元をたどると、自分が想定する「ちゃんとした扱い」を他者から受けないと、自分が取るに足らない存在だと決めつけられたような気がして不愉快だったから。要は、自己評価を他者に丸投げしていたのです。

 その手の愚痴をこぼすと、先輩たちはたいてい、問題勃発の場から去ることを私に提案してきました。「はい、次、次!」と。それができたら世話ないよ、と天を仰ぐような気持ちになったものです。

 いまなら、先輩たちの真意がわかります。自分の価値を、誰かに決めさせてはならないということだったのです。

イラスト:サヲリブラウン

 ふと気づくと、今度は私が若者に同じことを言っていました。そしてハッとする。「次、次!」では伝わらないと。だらりと座っていた椅子に座り直し、私は懇切丁寧に、理由を説明しました。自分を不当に扱う相手に対して必要なのは、毅然とした態度と、その場を去る行動。最低でも距離をしっかりとること。パートナーでも、家族でも同じ。なぜなら、そうしないと不満を持ちながらも縁が切れない不健康な依存関係が生まれてしまうから。

 自分の思い通りになることの少なさを痛感したほうが生きやすくなる。皮肉な話ですが、そう知るのが大人になるってことなのかもしれません。

AERA 2024年9月30日号

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ジェーン・スー

ジェーン・スー

(コラムニスト・ラジオパーソナリティ) 1973年東京生まれの日本人。 2021年に『生きるとか死ぬとか父親とか』が、テレビ東京系列で連続ドラマ化され話題に(主演:吉田羊・國村隼/脚本:井土紀州)。 2023年8月現在、毎日新聞やAERA、婦人公論などで数多くの連載を持つ。

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