人間には心の平穏を保つ働きが備わっており、日常で問題に直面したときにも、それなりに対応できる力があります。
でも、想定外の出来事に遭遇すると、このはたらきが過剰反応し、脳が処理できなくなることがあり、これを「正常性バイアス」といいます。
── 平成28年熊本大地震では、本震と余震の逆転や頻発する地震など「想定外」が頻発しています。
亡くなられた方々にお悔やみ申し上げ、被災された方々に心よりお見舞い申し上げるとともに、「正常性バイアス」についてご説明します。
「正常性バイアス」とは?
「正常性バイアス(normalcy bias)」は、心理学の用語です。
社会心理学や災害心理学だけでなく、医療用語としても使われます。
人間が予期しない事態に対峙したとき、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)が働き、物事を正常の範囲だと自動的に認識する心の働き(メカニズム)を指します。
何か起こるたびに反応していると精神的に疲れてしまうので、人間にはそのようなストレスを回避するために自然と“脳”が働き、“心”の平安を守る作用が備わっています。
ところが、この防御作用ともいえる「正常性バイアス」が度を越すと、事は深刻な状況に……。
つまり、一刻も早くその場を立ち去らなければならない非常事態であるにもかかわらず、“脳”の防御作用(=正常性バイアス)によってその認識が妨げられ、結果、生命の危険にさらされる状況を招きかねないのです。
逃げ遅れの心理「正常性バイアス」の恐ろしさ
甚大な被害を出した東日本大震災では、
「大地震の混乱もあり、すぐに避難できなかった」
「あれほど巨大な津波が来るとは想像できなかった」と思った人がたくさんいらしたことが、のちの報道によって明らかになりました。
そう話していた人々が住む地域には、大型防潮堤等の水防施設が設置されていた……、
また10m超の津波を経験した人がいなかった……などの様々な要因があり、迅速な避難行動が取れなかったことも事実です。
よって、一概に「いち早く行動を取れるか」「危険に鈍感になっていないか」を明確に線引きできない部分もありますが、緊急事態下で的確な行動を取れるか否かの明暗を分けうる「正常性バイアス」の働きを、過去の災害が示唆する教訓として、私たちは理解しておきたいものです。
また、今回の熊本の地震の際にも同じような心理が働いていた可能性があります。
14日の夜に起きたマグニチュード6.5の大きな地震で屋根瓦が飛んだり、家が傾むくなどの危険な状態に接しても、「もう落ち着いただろう」「大丈夫だろう」(=正常性バイアスの働き)という意識が働いた方も多かったようです。
さらに、家屋が通常通りだったことと、停電が復旧したことから、自宅での就寝を選択され、16日未明に発生したマグニチュード7.3の「本震」に見舞われた方が多かったことも明らかになっています。
様々な要因が重なり、想定外の事態を引き起こす災害ですが、災害に直面した当事者にしかわからない「正常性バイアス」は、予想外の大きなチカラで人々の行動を制するのです。
そのため過去の事例からも、地震、洪水、火災などに直面した際、自分の身を守るために迅速に行動できる人は、“驚くほど少ない”ことが明らかになっています。
ほとんどの人が緊急時に茫然! では、どうしたらいい?
それでは、いざというとき、私たちはいったいどうしたらいいのでしょうか。
突発的な災害や事故に遭った場合、事態の状況をとっさに判断できず、茫然としてしまう人がほとんどと言われています。
「緊急地震速報の報道におびえて動けなかった」「非常ベルの音で凍りついてしまった」という話をよく聞きますが、こういうときこそ必要なのが「落ち着いて行動すること」。
そのために有効なのが「訓練」です。
訓練を重ねることで、いざというとき、自然にいつもと同じ行動をとることができる、つまり、訓練と同じ行動をとることで身を守れる、というわけです。
非常事態の際に「正常性バイアス」に脳を支配されないよう、本当に危険なのか、何をしたらいいかを見極める判断力を養っておきましょう。
人間の心の働きから、新たな災害が生み出されないように
数々の災害や事故などによっていくつもの「想定外」が生まれ、「想定内」にする努力がなされていますが、いまだに「想定外」が出現し続けている昨今。
私たちの心の在り方そのものが、さらなる災害を生みだすことのないよう、日頃から日常と非日常の切り替えに翻弄されず、冷静に対応することが求められています。
── 頻発する地震と先行きが見えない状況のなか、被災された方の心労と労苦は言葉にあまりありますが、ニッポン一丸となり、一人ひとりの力が結集した支援の輪が広がれば……と願ってやみません。