よしもと・ばなな/1964年、東京都生まれ。87年、『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2022年、『ミトンとふびん』で谷崎潤一郎賞など。近著に『はーばーらいと』(写真/上田泰世)
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 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

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 下町に住む中学生のキヨカは、近所の友おじさんが運営する「自習室」を掃除し、清めるアルバイトをしている。彼女には人の心の闇や空気のよどみが見えるのだ。父親の自殺未遂など、周りで起きる出来事を二人が連帯して切り抜けていく長編小説『下町サイキック』。「楽しい読み物のていをした、生きる方法やサバイバルのノウハウの話」と語った著者の吉本ばななさんに同書にかける思いを聞いた。

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 小説を書くときのテーマは、「勝手に時代が進んでこっちに来てくれる」ものだと言う吉本ばななさん(60)。今回はニュースや友人と話していてよく耳にする、発達障害がテーマになった。

「発達障害に対する世の中の反応を見ていて、少し違うんじゃないか、他のやり方があるんじゃないか、という気持ちをうっすら込めたくて書きました。発達障害と診断された人が自分は間違っていると思って自信をなくしてしまう。どういう環境であれば何の問題もなく生きられるのかを書きたかったんです」

 物語になりやすいように、発達障害をサイキック、つまり霊的な能力を持つ人に置き換えて書いた。

「あくまで寓話の形にしました。発達障害と言われたお子さんとか親御さんが読んで楽になるといいなと思って。状況は救えなくても、気持ちのほうは寓話みたいなものが救ってくれることもあります」

 主人公のキヨカは霊的なものが見えるという特殊能力を持つ中学生だ。そういう子が何の問題もなく生きられる場所として下町を舞台に選んだ。吉本さん自身も15歳まで東京の千駄木に、その後は本駒込に住んでいたから、下町はよく知っている。

「小さい社会でいちばんよく機能して合理的なのは下町だなと、子どものときから思っていました。ものすごくクールでドライなんですよ」

『下町サイキック』(1870円〈税込み〉/河出書房新社)
下町に住む中学生のキヨカは、近所の友おじさんが運営する「自習室」を掃除し、清めるアルバイトをしている。彼女には人の心の闇や空気のよどみが見えるのだ。父親の自殺未遂など、周りで起きる出来事を二人が連帯して切り抜けていく長編小説。「楽しい読み物のていをした、生きる方法やサバイバルのノウハウの話」と著者

 見慣れない人が路地に入ってきたら知らせ合う。危ない人もいたが、守る力も強かった。「スーパーに行くから、ついでに何か買ってこようか」「じゃあ、その間、子どもを見てるね」というやりとりがあり、雨が降ってくれば洗濯物を取り込んでくれる。ただ、板チョコ1枚でもいいからお返しをしないと野暮な人と思われる。

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今後は今までできなかったことをしたい