だが、いよいよ売り上げが厳しくなってきたのか、佳織さんの身の回りにも母の勧誘の手が伸びるようになっていった。
母はことあるごとに「友だちや会社の人を紹介してくれない?」と頼み込んできたが、佳織さんは断り続けた。だが佳織さんが20代のころ、たまたま佳織さんの友人を交えて母と3人で食事をした後日、友人に「佳織がトイレに行っている間、お母さんにX社がどうこうっていう話をされたんだけど」と言われた。佳織さんはひたすら謝ることしかできなかったという。
業務停止命令の直後、倒れた母
佳織さんが結婚すると、母は佳織さんの夫に対し、「温泉は好きですか?」「好きなら、お風呂にこの浄水器をつけてほしい」といった具合に、隙あらばセールストークを始めた。佳織さんは夫から、「お義母さんとはできれば関係を断ちたい」と言われている。
X社は過去に、執拗(しつよう)な勧誘活動などが違法行為とみなされ、業務停止命令を受けたことがある。そのニュースが報じられると、母のもとには以前勧誘した人たちからの苦情の電話が殺到した。母は連日、傘下の販売員たちの家を一軒一軒訪れては、「一部の人がやっちゃいけないことをしただけ」「私たちがやっていることは正しいから」と説明して回ったという。
そしてその1週間後、心労がたたったのか、突然倒れた。くも膜下出血だった。幸い一命は取り留めたが、入院中は「浄水器の水が飲みたいからペットボトルに入れて持ってきてください。あとサプリとプロテインもお願いします」などと父に頼み、退院後も変わらず販売員活動を続けてきたという。
母は今年で70歳になった。すでに人生の半分以上をX社にささげているが、その傾倒の裏には、母がその傘下についている上位会員、通称「アップ」と呼ばれる存在があると佳織さんは考えている。
「母のアップは母と同年代の女性なのですが、夫も子どももX社の販売員として成功しているらしく、面倒見もいい。母がくも膜下出血で入院した時は、お見舞いの花が届きました。そんなアップのことを母は絶対的に信頼していて、『○○さんが言ってたからX社は素晴らしい』『○○さんの言うとおりにすればいつか成功する』って何十年も言い続けています」