『In Concert Tokyo』
『In Concert Tokyo』
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 後藤雅洋さんの最新コラムに大いに頷いた。優れた歌手は優れたパフォーマーなのだ。いや、必須条件と言いたい。クラブであれホールであれ、歌唱はもちろん、機知に富んだ進行や計算されたアクション、練達のパフォーマンスが聴衆との交感を高め優れた結果につながることが多いのである。エラ、サラ、カーメンの傑作にライヴ盤が少なくないのは偶然ではない。男性ではシナトラとベネットが、ジャズ専業ならメル・トーメが筆頭だ。思いつつくままにあげても、2作ある『アット・ザ・クレッシェンド』(Coral/1954, Bethlehem/1957)、『アット・ザ・レッド・ヒル』(Atlantic/1962)、『ライヴ・アット・ザ・メゾネット』(Atlantic/1974)、『ニューヨーク・マイ・ハート』(Finesse/1980)、『イヴニング・ウィズ・ジョージ・シアリング&メル・トーメ』(Concord Jazz/1982)と五指に余り、さらに富士通コンコード・ジャズ・フェスティヴァルでの推薦盤が加わる。

 トーメほどの大物が来日公演はこの時が初めて、既に63歳だった。初来日ではない。これに23年先立つ1966年5月に初来日している。なんと東京で結婚式を挙げるためだったという。なお、新郎は再々婚、新婦で女優のジャネット・スコットは再婚だった。話を戻すと、同フェスへの出演に応じたトーメは伴奏をマーティ・ペイチ(編曲)率いるデクテットに決め、屈指の名盤を生んだ両者のコラボが28年ぶりに実現の運びとなる。ツアーにかけるトーメの意気込みたるや大したもので、フェスに先立つ7月にはペイチと『リユニオン』(Concord Jazz)を吹き込む。同作は来日ツアーが契機となったのでありその逆ではないのだ。両者は十分な手応えを掴んだうえでフェスに臨んだにちがいない。然り、両者のコラボは同年最高のライヴとして絶大な評価を受け、ツアー最終日に東京で録音された推薦盤はトーメの極上のパフォーマンスが眼前に現れる傑作ライヴとなった。

 選曲にあたっては主催者側と何度も打ち合せが持たれる。その結果、両者のコラボ名盤『メル・トーメ・アンド・ザ・マーティ・ペイチ・デクテット』『シングス・フレッド・アステア』(Bethlehem/1956)、『スイングス・シュバート・アレイ』(Verve/1960)の収録曲をメーンに据え、季節柄《クリスマス・ソング》と、《ザ・シティ》が加えられた。トーメは昔のスコアを携えて来日し、追加された2曲の編曲を2時間で仕上げたという。ペイチ率いるデクテットは総勢11名、新作『リユニオン』参加者中、ピート・ジョリー(ピアノ)らを除く8名が参加している。ゲイリー・フォスター(アルト・サックス)や売り出し中のケン・ペプロウスキー(テナー・サックス)のほか、ウエスト・コースト・ジャズの黄金時代を彩ったジャック・シェルドン(トランペット)、ボブ・エネボルセン(ヴァルヴ・トロンボーン)、チャック・バーグホファー(ベース)らの名手が居並ぶ。

 幕開けはインストの《スイングしなけりゃ意味ないね》、統制のとれたアンサンブルと好ソロの連続に期待が高まる。トーメが登場、《スウィート・ジョージア・ブラウン》を一気呵成に畳みかけ端から興奮ものだ。熱くバウンスする《ジャスト・イン・タイム》、胸に迫る《ホエン・ザ・サン・カムズ・アウト》、一転して陽気に盛り上げるラテン調の《キャリオカ》、思いの丈を語りかける《モア・ザン・ユー・ノウ》、トーメ極め付きの粋なスインガー《トゥー・クロース・フォー・コンフォート》、恋慕の情をしっとり綴る《ザ・シティ》、曲想が変化に富み《マンテカ》の引用も楽しい《ボサノバ・メドレー》、ファスト・テンポで快走する《君住む街角》と、緩急の配置が絶妙で快調このうえない。

 気がつけばステージも終盤で、アトラクションのお出ましとなる。トーメのドラムスとペプロウスキーのクラリネットをフィーチャーしたインストの《コットン・テイル》だ。《シング、シング、シング》を手本にした両者の掛け合いがいやがうえにも興奮を煽る。そしてラストは《クリスマス・ソング》、実に感動的な名唱に拍手が鳴りやまないなか、《スイングしなけりゃ…》をもって時に痛快、時に心揺さぶったステージは幕を降ろす。

 選曲に編曲に演奏に構成、もちろん圧巻のパフォーマンスと、何拍子も揃った名演だ。 これまた四半世紀前に再発されたきりだが、コンコードは結構な枚数を出していたせいか入手難ではない。リンク先や海外のサイトでもリーゾナブルな価格で入手できるだろう。彼のファンなら、いや男性ジャズ・ヴォーカル・ファンなら、いやジャズ・ヴォーカル・ファンなら見過ごしては泣きを見る。ライヴ・イン・ジャパンならずとも推せる名盤だ。 [次回4/4(月)更新予定]

【収録曲】
In Concert Tokyo / Mel Torme and the Marty Paich Dek-Tette

1. It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing)-instrumental 2. Sweet Georgia Brown 3. Just in Time 4. When the Sun Comes Out 5. The Carioca 6. More Than You Know 7. Too Close for Comfort 8. The City 9. Bossa Nova Potpourri: The Gift - One Note Samba - How Insensitive 10. On the Street Where You Live 11. Cotton Tail-instrumental 【12. The Christmas Song】13. It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing) -instrumental 【CD/CT追加曲】

Mel Torme (vo on 2-10 & 12, ds on 11), Marty Paich (arr, cond, DX-7), Jack Sheldon, Warren Luening (tp), Dan Barrett (tb), Bob Enevoldsen (vtb), Jim Self (tu), Gary Foster (as), Ken Peplowski (ts, also cl on 11), Bob Efford (bs), Allen Farnham (p), Chuck Berghoffer (b), John von Ohlen (ds).

Recorded at Kan-i Hoken Hall, Gotanda, Tokyo, on December 11, 1988.

Originally recorded on
Tracks 2, 6, 9: Reunion
Tracks 3, 7, 10: Mel Torme Swings Shubert Alley
Tracks 4, 5: Mel Torme with the Marty Paich Dek-tette

【リリース情報】
1989 LP/CD/CT In Concert Tokyo / Mel Torme and the Marty Paich Dek-tette (US-Concord Jazz)
1989 CD    In Concert Tokyo / Mel Torme and the Marty Paich Dek-tette (Jp-Concord Jazz)*
1992 CD    In Concert Tokyo / Mel Torme and the Marty Paich Dek-tette (Jp-Concord Jazz)
* 輸入盤国内仕様(日本語解説付き)

※このコンテンツはjazz streetからの継続になります。

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