2015年の訪日外国人観光客数は1974万人。20年までに2千万人という政府の目標は前倒しで達成されそうな勢いだ。
しかし、浮かれている場合ではない。少子高齢社会で日本が生き残る道は「観光立国」しかないが、日本の文化財行政は全然ダメと警告を発する本が出た。書名はズバリ『国宝消滅』。著者のデービッド・アトキンソン氏は英国生まれで、日本在住25年。ゴールドマン・サックス社の取締役を経て現在は文化財修理会社の社長という異色の経歴の持ち主だ。
〈外国人観光客は、「爆買」のためだけに日本にやってくるわけではありません。みなさんが海外旅行をした際と同様、外国人観光客も「文化財観光」に魅力を感じているのです〉。しかし〈文化財が観光資源として整備されていないのです〉。
まず驚くのは、日本の文化財修理予算の少なさだ。14年は81億5千万円。イギリスの500億円に比べると一ケタちがう。予算の少なさは文化財の崩壊に直結するうえ〈日本の文化財は楽しみが少なく、勉強にもなりません〉。それは日本の文化財展示が建築偏重で、文化を体験させる場になっていないからだと著者は指摘する。調度品を置かないガランとした空間、茶の湯を体験させない茶室、要するに〈日本の文化財は「建っているだけ」〉。勉強してから来いという人もいるけれど〈何十万円もする航空券を買って、大事な有給休暇を使って、10時間以上飛行機に乗ってやって来〉た結果がこれではとても通用しない。「撮影禁止」「入室禁止」「土足禁止」などの対応も、文化財を自分の所有物のように扱っている学芸員らにとって〈仕事はある意味で楽なのです〉。
いちいち納得することしきり。辛口の提言が並んでいるけれど、英国も昔は日本と同じだった、といわれると逆に勇気がわいてくる。説明板を変えるなど、現場の判断で変革できそうなヒントも満載。外国人観光客が殺到する地域にしたいと考える地方行政マンは必読でしょう。
※週刊朝日 2016年3月11日号