優勝候補、超高校級の選手、伝統の強豪校がまさかの敗戦を喫する。予想だにしない番狂わせに球場が沸いたのは数知れず。歓喜の輪にいた球児はその試合を今も鮮やかに記憶している。AERA増刊「甲子園2024」の記事を紹介する。
【写真】2021年、甲子園での初勝利を収めた後、整列する東北学院の選手たち
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春夏通じて初めて甲子園に挑んだ東北学院(宮城)は初戦で全国屈指の強豪・愛工大名電(愛知)を破る金星を挙げた。同校主将の古沢環は、甲子園入りして渡辺徹監督から言われた言葉を今も鮮明に覚えているという。
「今まで通りにやろうって言われると思っていたし、待っていたところもありました。でも実際は、『甲子園を楽しめばいいじゃないか』って。意外でした。すごい球場だなぁとか、開会式は名門校ばっかりだとか、対戦相手は優勝候補だ……そういう見たこと感じたことを一つひとつ、一瞬一瞬を素直に楽しみながら準備をすればいい。無理に硬くなる必要はないんだよと言われました。すごく心に刺さりました。おかげで普段通りに試合に臨めたと思います」
試合序盤にチームの緊張をほぐす珍プレーが飛び出した。初回、愛工大名電の攻撃。先頭打者を二ゴロに仕留める。
「打球を追った二塁手がずっこけたんです。転びながら捕球して、一塁送球が乱れたけど一塁手もほとんど寝ながら送球を拾って間一髪アウト。選手たちの笑いを誘いながら最初のアウトを取った。これでチームの硬さが取れました」
攻撃では失敗を恐れず積極的なスイングで攻め立てた。先制した三回は3番・及川、5番・大洞がいずれも初球をたたいて安打を放ち、2死満塁となって7番・山田が中堅へ走者一掃の適時二塁打を放ち3点を先取した。
「山田は春まで投手でした。伸び悩んで苦しんで、自分から野手がしたいって切り替えた。朝練も熱心でチームで一番練習をした努力家の苦労人。そんな選手の活躍なのでベンチは盛り上がりました」