田内学(たうち・まなぶ)/1978年生まれ。ゴールドマン・サックス証券を経て社会的金融教育家として講演や執筆活動を行う。著書に『きみのお金は誰のため』、高校の社会科教科書『公共』(共著)など
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 物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。AERA 2024年8月12日-19日合併号より。

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「君の能力を、社会のために使ってほしかった」

 21年たった今も、そのシーンは鮮明に思い出せる。教授は穏やかな口調だったが、がっかりした顔をしていた。

 情報工学を研究していた僕が選んだ仕事は、外資系証券の金利トレーダー。得意な数学を生かしたかったし、経済のメカニズムも知りたかった。学費を払いながら3畳一間で生活していた苦学生には、年収の高さも魅力的に映った。

 それ以来、マネー資本主義にどっぷり浸かってきたが、社会的金融教育家として5年前から執筆や講演を始めたのは、恩師の言葉が引っかかっていたからかもしれない。

 新NISAが始まり、お金の勉強をする人が増えている。上半期のビジネス書ベストセラー上位10冊には、僕の書いた『きみのお金は誰のため』をはじめ、お金の本が7冊も入っている(トーハン調べ)。

 みんながお金を増やす方法を学べば、みんながお金持ちになれそうだ。しかし、それは実現不可能だ。金融市場で学んだのはまさにそれだ。

「社会全体のお金は増えない」

 もちろん、自分のお金は増やせる。給料をもらったり、利息をもらったり、株の配当をもらったり。だけど、これらのお金はすべて誰かの財布から移動してきただけだ。給料は勤務先から、利息は銀行から、株の配当は企業から支払われる。全体のお金は一円たりとも増えていない。

「2024年3月末における家計の金融資産は過去最高の2199兆円を記録した」

 先日のこのニュースにはカラクリがある。

 よく耳にする金融資産という言葉。ここには大きな秘密が隠されている。金融資産のウラには全く同額の“金融負債”というものが存在しているのだ。金融とは、二人の間で行われるお金の融通のこと。早い話が貸し借りだ。貸す側には資産でも、借りる側には負債になる。

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