珠世と無惨との因縁
珠世は「医師の鬼」だ。医学・薬学に深い見識を持ち、無惨を倒すための研究を続けている。幻惑、自白をうながす妖しい血鬼術を使う“鬼らしい”一面を持ちながらも、優しく上品な立ち居振る舞い、美しい相貌で、鬼だけでなく人をも惹きつけてきた。
人間時代の珠世は、重い病におかされていたのだが、そこに無惨が「救い主」のように現れて、延命の可能性をほのめかした。彼の甘い言葉にそそのかされ、珠世は「鬼化」を承諾してしまう。それもすべては、まだ幼い子どもの成長を見守りたいがため……のはずだった。しかし、鬼になった珠世は一時的に正気を失い、子も夫も喰い殺してしまう。
ほかの鬼化事例をふまえれば、このような顛末になることも、無惨であれば容易に想像できたはずだ。しかし、「母の鬼化による子殺し」の悲劇が起きることを、無惨が止めようとした形跡はみじんもない。
あたかも「死の病からの救済者」のように振る舞う、“優しい無惨”に対して、珠世が抱いていた感謝の念や信頼は、たちまち消えてなくなり、家族のかたき、許しがたい敵となった。珠世は「鬼舞辻無惨の滅殺」を心に誓う。
「鬼化」は救済か破滅か
そもそも「鬼化」はどのような経緯で発現するのか? 始まりの鬼である鬼舞辻無惨は、病を治すために処方された「青い彼岸花」と呼ばれる“薬”を服用したことで、鬼化している。この“薬”には重篤な副作用があり、鬼になった人間は、人の血肉以外を食べることができなくなり、太陽の下では焼かれ、消滅してしまう肉体へと変ずる。
「青い彼岸花」は薬害の一種なのではないか――鬼滅ファンの間ではそのようにささやかれ、無惨を鬼化させた「平安時代の善良な医師」こそが、諸悪の根源であるかのように語られることすらある。しかし、はたしてそうなのか。
鬼になる前の無惨は、死の危険にさらされ続ける、病弱な青年でしかなかった。心臓が止まりかける苦痛と恐怖を何度も味わい、起き上がることもままならず、病にもがく日々。しかし、「青い彼岸花」は、この無惨の病を癒した。そして、無惨に血液を分けられた者たちの中で、重い病に苦しんでいた珠世、累などは「丈夫な体」と「半永久的な寿命」を得たのだった。