イラスト:サヲリブラウン
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 作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。

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 先日は三重県菰野町にお呼ばれして講演会を行いました。三重県は昨年3月に津市にお邪魔して以来の再訪です。

 当然ですが、同県でも場所によって景色は変わります。菰野町は温泉や巨石、美しい自然公園が有名で、是非ともこの機に訪れたいと思いつつも、やはり車と時間の余裕がないと観光は難しく、私は泣く泣く四日市駅からタクシーに乗り会場へ向かいました。

 国道沿いにはチェーン店が立ち並んでいます。全国を講演会で回らせていただくようになり、その景色にはほとんど違いがないことにも気づきました。地域によってドラッグストアやスーパーのチェーンに違いはあれど、ファストフードやファミリーレストランなどの飲食チェーンは、全国どこもだいたい同じ。

 東京から来たと伝えると、タクシー運転手さんが「ここにはなんにもないでしょう?」と自嘲気味に言いました。いいえ、どこにもないものがたくさんあります。ただ、「ここにしかないもの」は、国道沿いにはないのでしょう。

 10年ほど前のこと。札幌で友達と待ち合わせをしました。いまどこにいる? 青山フラワーマーケットとロクシタンとスターバックスが見えるところにいる。そんな会話をしながら、目に入るものが東京と何ら変わりのないことに、少しがっかりしたのを覚えています。しかし、やはり時間をかけて車に乗って移動すれば、そこには札幌にしかないものがある。大分県だって、佐賀県だって、福島県だってそうでした。

 どんなに便利な時代になっても、そこにしかないものを堪能するには時間と車が必要です。運転免許を持たない私にとっては、単独出張がてら……というわけにはいきません。全国津々浦々回ればいろいろ見られると思っていたけれど、車窓からの景色を楽しむのが現時点では精いっぱいだとわかりました。

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ジェーン・スー

ジェーン・スー

(コラムニスト・ラジオパーソナリティ) 1973年東京生まれの日本人。 2021年に『生きるとか死ぬとか父親とか』が、テレビ東京系列で連続ドラマ化され話題に(主演:吉田羊・國村隼/脚本:井土紀州)。 2023年8月現在、毎日新聞やAERA、婦人公論などで数多くの連載を持つ。

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