『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える 事件報道の裏側』三枝 玄太郎 東洋経済新報社
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 テレビやネット、新聞などで目にする事件や事故に関連する「ニュース」。次から次へと報じられては消えていくニュースだが、報道されるにはまず事件や事故があり、取り締まる警察があり、そして事件を取材し報道する記者たちがいる。『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える 事件報道の裏側』(東洋経済新報社)では、警視庁や国税局などの「事件官庁」で記者生活の大半を過ごした元新聞記者が、世間一般にはあまり知られることのない記者と警察との関係やさまざまなエピソードが綴られている。

 ニュースを見ていてパッと関心を惹かれるのは、「逮捕」にまつわる報道ではないだろうか。殺人未遂容疑や業務上横領、酒気帯び運転など事件の大小にかかわらず、連日容疑者の逮捕報道が世間を騒がせている。そして「逮捕」は、何も警察官だけができるのではない。私たち一般人も、事件のその場に居合わせた場合は「現行犯逮捕」が可能だ。これを常人逮捕(私人逮捕)という。じつは著者自身も現行犯逮捕をしたことがあるそうだ。

「妻が持っていたアタッシュケースを、通りかかったホームレス風の初老の男がつかんで持って行こうとしたのです。妻が悲鳴を上げたので、気づいた私が追いかけて捕まえました」(同書より)

 その後、駆けつけた警察官によって泥棒は連行されていったが、すぐに手錠を男の手にはめた警察官に頼もしさを憶えたと同時に、以下のようにも感じたと語る。

「もし私が悪意で無辜の人を『泥棒だ』と言ったならば、話はまったく違ってしまうのです」(同書より)

 いわゆる「誤認逮捕」である。実際に、「泥棒!」との騒ぎで駆けつけた警官が男を取り押さえたところ、男は無実で騒いだ女が男から財布を奪おうとしていた犯人だった事件がある。ちなみに女は逃亡、男は取り押さえられた際に床に押し付けられたことが原因で翌日に死亡するという、なんとも後味の悪い事件となった。近年騒がれた「私人逮捕系YouTuber」でも誤認逮捕が取り沙汰されたが、急を要する現行犯逮捕でも、ある種の慎重さは必要だと考えさせられるエピソードだ。

 また、ネット上でよく見る噂として「警察幹部が捜査の流れを作り出すために、意図的に特定の新聞社にネタをリークしている」というものがある。しかし、こういった"リーク"はほぼありえない。警察署担当の記者はもちろん特ダネを期待して、警察署に足繁く顔を出しては雑談をするそうだが、当然軽々しく捜査内容を漏らす警官などはいない。ましてや忙しく捜査に当たっている刑事や警察官にとって、記者の存在は邪魔でしかないのである。

「リークどころか現実はまったく逆で、警察とメディアの関係は実に緊張感のあるものなのです」(同書より)

 さらには捜査妨害や意に沿わない記事が出たことで、担当記者が「出禁」にされることも結構な頻度であったそうだ。しかしそんな中、著者は一度だけリークに飛びついたことがある。賭博犯担当の管理官から「特ダネ」としてとある国の大使館でカジノが行われているとの情報を得た著者は、そのことを1面トップで記事にした。そしてこれが、とんでもない事態に発展する。

「『あんた、どう落とし前つけてくれるんだ? バカラ台がここにあるか? 何もないじゃないか。日本と〇〇国の外交問題になるぞ』とすごまれました」(同書より)

 記事を書いた著者が、大使館に呼び出されて恫喝されたのだ。外交問題まで持ち出され、ほうほうの体で大使館を後にする著者。しかし、実際に賭博は行われていた。記事が出た日、大使館の非常階段から4人がかりで大きなバカラ台を運び出している写真を、警察は入手していたのだ。警察は大使館へは入れない。そのため「なんでも飛びついて記事にしそう」な著者へ情報を流し、カジノに興じていた人物をあぶり出したのだ。まんまと嵌められてしまった著者。そんなにおいしい「特ダネ」はないのである。

 一方、ある1本の記事が社会や検察を動かすことも。1997年に起こった8歳の男の子のひき逃げ事件では、当初犯人は捕まったものの不起訴処分に。しかし亡くなった男の子の母親からの手紙に心を動かされた記者は、独自取材で事故の一部始終を見ていた人物を探し出して記事にする。この記事で事故のことが世間に広く知られ、1999年に不起訴不当の議決が行われた結果、禁錮2年、執行猶予4年の有罪判決が言い渡された。そしてこの事件以降、被害者に起訴・不起訴の結果を知らせる「被害者等通知制度」が導入されるようになったのだ。

 著者は「現実の世界は、フィクションに比べれば地味」と述べているが、同書を読む限りではそうは思えない。現実の事件や報道の現場にも数々のドラマがあるが、ニュースで上辺を知るだけの私たちには届いていないだけだ。同書で"リアルな報道現場のドラマ"を知った後は、日々触れるニュースに対する視点が変わってくるだろう。