スティーグ・ラーソンのミステリ「ミレニアム」は、3部作の累計が全世界で8千万部という大ヒットシリーズ。だが作者ラーソンは、第1部『ドラゴン・タトゥーの女』の刊行前に急死した。シリーズは10部作の構想だったというから、さぞ無念だったろう。
 ダヴィド・ラーゲルクランツの『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』は、主人公らの設定をそのまま引き継ぎつつ、ラーソンの構想とは別に、新たに書かれた第4部である。執筆を提案されたとき、本気にしなかったと訳者あとがきにあるが、そりゃそうだろう。刊行が発表されると、歓迎の声と反発の声で世論は二分したという。
 しかし一気に読んで、ラーソンの3部作にひけをとらないスリルと興奮を味わった。根底に流れる社会への批判的なまなざしも3部作と同様。ただし、いささか映画化を意識しすぎのように感じる展開ではあるが。
 描かれている現代のスウェーデン社会が、日本のそれと重なる。外国人排斥の声が高まり、不寛容が広がり、ファシズムを支持する者が増えている。「高邁な理想を掲げた出版物はどれも、赤字にあえいで瀕死状態」にあり、主人公ミカエルが率いる「ミレニアム」のように調査報道に力を注ぐ社会派雑誌も同じ。記者ミカエルは「経済界のあら探しを続け、一九七〇年代風の時代遅れのジャーナリズムに固執」しているとネットで嘲笑されているのだ。
 そんななか、人工知能の研究で世界最先端をいくバルデル教授が、アメリカから帰国する。彼は別れた妻との間に生まれた息子を引き取って暮らし始める。ところがバルデルの命を狙う者がいる。ミカエルと、ドラゴンのタトゥーのある女、リスベットはバルデルと息子を守ることができるのか……。
 アメリカのNSA(国家安全保障局)による国境を越えた盗聴や監視。人間の能力を超えた人工知能がもたらす未来など、描き込まれた細部への興味もつきない。

週刊朝日 2016年1月29日号