『こじらせ文学史 ~文豪たちのコンプレックス~』堀江宏樹 ABCアーク
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「偉人が必ずしも人格者ではない」ということは、大人になった皆さんであれば気づいている人も多いのではないでしょうか。古代ギリシャの哲学者・アリストテレスも「天才に狂気を持たぬものはいない」という意味の格言を残しているそうです。この「狂気」とは必ずしも病的な状態を指すのではなく、現代日本の「こじらせ」に近いようなものではないかと推察するのは、作家の堀江宏樹さん。堀江さんの新著『こじらせ文学史 ~文豪たちのコンプレックス~』は、古代~現代にかけて日本と世界の文豪総勢100名の"こじらせエピソード"を紹介することで古今東西の名著が創られた裏側に迫った一冊です。

 名だたる文豪といえども、その素顔は私たちと変わらない部分もあることが同書を読むとわかります。たとえば『更級日記』の作者である菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)は『源氏物語』をこよなく愛したことでも知られますが、今でいうところの「限界オタク」だと考えると、すんなりイメージしやすい人も多いのではないでしょうか。このように、現代の感覚に当てはめて表現することで、その存在がぐっと身近なものに感じられるのが同書の面白いところです。

 さらに、現存する資料が増える近現代ともなると、文豪たちのエピソードも多くなります。喧嘩っ早い性格で「日本初の近代文学論争」を引き起こした森鴎外、伊豆で幽体離脱を体験したという夏目漱石、元祖「処女厨」ともいうべき処女崇拝ぶりを見せた北村透谷、46回の引っ越しと14回の転職をした江戸川乱歩......。

 他にも、中原中也は酒癖が悪く破天荒で、真夜中に「ばーか、ばーか」と叫びながら太宰治の自宅に突撃し続けた時期があるといい、宮沢賢治は「性欲の浪費は自殺行為」だという考えから、性欲を発散させるべく一晩中牧場を歩き通したことがあるといいます。たしかにどれもこれも"こじらせエピソード"といえるかも。

 しかし「まさに、こじらせている人だからこそ、その常ならぬ性質や苦悩を文学に昇華させ、才能を開花させることができたのではないか」(同書より)という堀江さんの言葉には、うなずけるものもある気がします。

 挫折や劣等感、執着という部分に着目し、そこから文豪たちの姿を浮かび上がらせるユニークな試みをおこなう同書。教科書には絶対に載らない(載せられない)ようなエピソードもあって、読んでいて飽きることがありません。こじらせが文学を作るのか、文学が人をこじらせるのか......ぜひぜひ皆さんも同書を読んで、その秘密に迫ってみてください。

[文・鷺ノ宮やよい]