「今は上市直後で、まずは『胃がんの見逃しが減る』という前向きなエビデンスを積み重ねる段階です。その後は食道がんや大腸ポリープなど、消化器系全体の疾患に広げていきたいと考えています」(多田さん)
胃がんは早期発見できれば高い確率で治癒するものの、進行すると一気に生存率が低下する。AIの導入・進歩で、医療の質が高まると多田さんは言う。
いま、「医療AI」の社会実装が少しずつ進んでいる。リードするのはこうした画像診断支援ソフトウェアだ。18年12月にサイバネットシステム等が開発した大腸内視鏡画像診断支援ソフトが薬機法に基づく薬事承認を受けると、翌年にはMRI画像から脳動脈瘤の診断を支援するシステム(エルピクセル)、X線CT画像から注目領域を解析し、使用施設のデータベースから類似画像を検索するシステム(富士フイルム)などが続いた。
データ量が質に影響
医療機器ベンチャー・エルピクセルの創業者で、医療AIの社会普及を目指す医療AI推進機構(MAPI)機構長の島原佑基さんは言う。
「画像診断AIは黎明期と言われる時期が長くありましたが、ここ1~2年で普及期に入ったと言えます。社会的にAIへの期待が高まり、AI医療機器の使用も一部保険適用されるようになりました。現場レベルでの本格普及はこれからですが、『今後の時代はAIなしには語れない』と体感し、発信する医療者が増えていると感じます」
一方、医療AIの開発・普及にはハードルも高いという。最大の壁がデータへのアクセスだ。島原さんはこう続ける。
「画像診断支援ソフトの場合、質は学習した画像の量に影響されます。ただ、データは各医療機関が保有しており、データベースなどは統一して整備されておらず、AIベンチャーのような民間企業がアクセスするのも難しい。MAPIでは画像データの収集・データベース化を進めて開発企業に提供し、売り上げを医療機関に還元するシステムを整備したいと考えています」
画像データが流通し、開発のハードルが下がれば、現状ではAI機器の開発対象とならない希少疾患などにも機器開発の波が期待できるという。
費用の壁もある。AI医療機器の開発には多額の投資が必要で、導入時の価格も相応に高額になる。一方、保険適用される技術料は安い。前出の多田さんは、「現状だと、クオリティーに対して投資できる病院しか導入できない」と指摘する。
(編集部・川口穣)
※AERA 2024年6月17日号から抜粋