取り上げた67の風習には、この〈俗〉が通底する。例えば「地鎮祭」の背景を島村さんはこう語る。
「民俗学的な想像の世界では、土地に精霊がいるわけです。人間が敷地を作ろうとすると邪魔してくる。そこで、より強い神様を招いて鎮圧するのが地鎮祭。祠を作って精霊さんたちを地主神として祀り、人間都合で勝手に拝んでしまう。神だから拝むんじゃないですよ、拝んだら神になるんです。10円玉を池に入れたら皆が入れだすのと同じ発想で、だんだん神になっていく。すると他の精霊さんもいたずらしなくなるという話です」
生き生きとした語り口で、まるで授業を聞いているような感覚で楽しく民俗学の世界にいざなう。精霊さんの概念図をはじめ、図の多くは大学1年生の授業で実際に使っているものだそう。
また民俗学の世界は「時間幅が長く、深い」と島村さん。
本書でも現在の謎を解くのに過去を知る方法を多くとり、〈今度は、未来をいかにつくっていくか。ここまで考えるのが民俗学〉と示す。
「民俗学には年中行事など、繰り返しの『円になる時間』が入っているものが多いです。一方、現代は一直線に成長し、社会の変化とともに変わっていかないといけない価値観が強い。そんな『直進する時間』に煽られて、くたびれている人が結構いると思うんです。そんな時、円環した時間が生活の中にあるとリセットできます。立ち止まって、心を鎮めるものを知恵として取り入れ、上手に組み合わせるといいんじゃないか、というのが未来構想です」
民俗学のまなざしがあると、日々が味わい深くなりそう。そんな種まきのような本だ。
(ライター・桝郷春美)
※AERA 2024年6月10日号