「自分、普通でおもろないんですよね、って言ったら鼻で笑われたというか。『そんなことで悩んでるの? 普通をちゃんとやりなさい。普通をちゃんとできる人って、あまりいないんだから』と」
08年2月、深浦の最後の舞台となった城山羊の会の「新しい橋~le pont neuf~」に出演した岡部を見て、岩谷は「変わった」と強烈に感じた。
「スッと自然にいる感じ。これまで『おもしろくしなければ』と演技一個一個に過剰にまぶしていたものが無くなって、肩の力が抜けていた」(岩谷)
何がきっかけかわからない。それまで自分のなかに血肉のようにたまっていたものが、結実した瞬間だったのかもしれない。岡部もいう。
「子どもがふと『あれ、自転車に乗れた?』みたいなもんがあったんでしょうね」
36歳で岡部はようやく壁を抜けた。自然に普通に、かつおもしろく。その両輪がまわりはじめた。同時に大きく変化したことがある。
「売れる、とかっていう考えを、ある意味あきらめたんですよね。演技になにかが見つかってくると『おもしろくなる』ことしか考えられなくなる。あきらめ、っていうと悪い言い方かもしれないですけど、それでけっこう力が抜けたんもあんのかなと思うんです」
ドラマ「エルピス」のプロデューサー・佐野亜裕美(40)は、城山羊の会の公演で岡部の芝居と声に魅了された。「難しい役でも岡部さんなら何とかしてくれるかもしれない」という絶対的な信頼感で村井役をオファーしたという。
「(脚本の)渡辺あやさんと『エルピス』に着手したのは2017年。当時といまではセクハラやパワハラに対する世間の空気もまったく違う。そんななかで村井という人物の奥行きや多面性を、きちんと表現できる方にお願いしたかった。あやさんと私のなかでは岡部さん一択、でした」
■「おもろいことやってる」と息子も同じ俳優の道へ
撮影初日まで岡部は懸命に村井の「ノリ」を探っていた。佐野や演出の大根とも話し合い、結果、何かを食べながら、飲みながら、携帯をいじりながら、垂れ流すように話す村井のノリが出来上がった。それを岡部は「散らす」と表現する。
「あんまり悪意が見えないように、いまはこの腕のかゆいところが大事で、しゃべってることは二の次で、みたいな」(岡部)
佐野は「いい意味で予想がはずれた」という。