「台湾をきちんと見つめたい」と、30歳を過ぎてからエドワード・ヤンやホウ・シャオシェンといった台湾の映画監督たちの作品を立て続けに見るようになった。映画としてあまりにも面白く、「小説だけ読んでいても小説は書けない」という思いを強くした。18年に映画館で見たマレーシアのヤスミン・アフマド監督の「細い目」や「タレンタイム~優しい歌」は、文章に向き合う姿勢に大きな影響をもたらした。「異民族」、そして「家族」。アイデンティティーという大きなテーマに向けられる作り手の感情や視線が、一つ一つの作品のなかに盛り込まれ、物語として形成されていると感じたからだ。

 エッセイには、幼い頃の葛藤、無意識の差別に対する静かな憤り、影響を受けた映画や文学など、温さんを象るものが余すところなく記されているが、選び抜かれた言葉はどれも柔らかく、温かみがある。それを温さんは「和解のための柔らかさ」と表現する。

「表現によっては説教のようになってしまう内容を、この国に育まれた私が、この国の一員として、読み手に受け止めやすい形で読んでもらいたい、という気持ちがあります。出会った方々との縁を大切にしたいですし、良い関係を築きたい。私はそうした思いが人一倍強いのかもしれません」

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2023年4月10日号