舞台はパリ郊外にある団地の一角、通称「バティモン5」。移民家族が多く暮らすここでは老朽化にともなう取り壊しと再開発計画が進められている。が、行き場を失う住民たちが続出。マリにルーツを持つ女性アビー(アンタ・ディアウ)は問題に向き合うため、市長選に立候補することを決めるが……。脚本も務めたラジ・リ監督に映画「バティモン5 望まれざる者」の見どころを聞いた。
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本作は私が経験したことが出発点になっています。バティモン5のような団地は1960年代に分譲団地として建設され、その後空き室の増加で移民労働者たちに売りに出されました。私の両親も購入しローンを払ってきた。しかしローンを払い終わったあとに再開発のために退去させられるのです。しかも行政が安値で買い取り、跡地に20倍もの値段の建物を建てるためもとの住民は入ることができず行き場所を失います。まさに詐欺にあったようなものです。同じ状況はフランスだけでなくアメリカやブラジル、カナダ、中国など世界中の大都市で起きています。
劇中、アフリカにルーツを持つ副市長が居住者に「まともに電気も使えない祖国はもっと嫌だろ」と言うシーンがありますが、これも実際によくあることです。高尚な理想を抱いて政治家になったはずの人も政治に染まり、自分がどこから来たのかを忘れてレイシスト的な発言をしてしまう。「祖国」といってもあの地区に住んでいる人たちはフランスに生まれ、フランス国籍を持つフランス人です。彼らはルーツがあってもアフリカに足を踏み入れたこともないのです。
アビーのキャラクターも実際に多くいる女性たちへの思いを込めました。黒人でムスリムの彼女たちは人々の公益のために尽力して、熱心に活動している。でもその存在は映画でもニュースでも伝えられない。白人の男性の政治家が彼女たちの声を代弁して話すのです。
本作は「我々は誰もが誰かにとって望ましくはない存在ではないか?」を提起しています。簡単な解決策は思いつきません。でも、アビーのような存在に希望が残されていると思いたい。なによりフランスに対する一般的なイメージを違った角度から知ってもらうことが私の役割だと思っています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年5月13日号