
オーディオブックや要約サービスなど、新しい読書体験を提供するサービスが広がる一方、紙の本を楽しむための新たな試みも登場している。AERA 2024年4月29日-5月6日合併号より。
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「紙の本を買って読む」従来の読書にも、新たな世界が広がる。
東京・池袋駅の雑踏を抜け、商業ビルEsola池袋の4階へ。ドトールコーヒーが運営するブックカフェ「本と珈琲 梟書茶房」には、10時半の開店直後から多くの客が足を運んでいた。目立つのは、熱心に本を選ぶ若い人たち。5冊以上抱えてレジに向かう人も少なくない。ここで売られる本は少し特殊だ。扱う1千数百作品はすべてブックカバーがまかれて袋でとじられており、表紙も中身も見られない。代わりに、作品それぞれに価格と短い推薦文、読みやすさなどが記されたメモが付き、それを頼りに本を選んでいく。
「実は、この本のタイトルがとても好きです。(中略)ちょっとした想像力とほんのすこしの行動で、わたしにも街を変えられる気がします」
「『生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え』がこの本に載っています」
ジャンル超えてお薦め
わずか数行の推薦文に想像力を掻き立てられる。コンセプト設計や選書は、東京・神楽坂で書店「かもめブックス」を営む柳下恭平さんが担った。アイデアの背景には、大型書店がそろう街の特性や、日々のオペレーションを行うのがドトールのスタッフ、つまり喫茶側のプロであって書店員ではないという現実的な理由もあったというが、書店を経営する柳下さんだからこその視点も隠れている。
「ここでやりたかったのはジャンルの壁を壊すこと。普通の本屋さんだと、普段ビジネス書しか読まない人に小説を売るのは難しいけれど、この手法ならジャンルを超えて読んでほしい本をお薦めできると思ったんです」
例えば、柳下さんが好きな『イリーガル・エイリアン』(ロバート・J・ソウヤー)という本がある。早川書房が出す翻訳SFで、表紙には手が4本ある謎の生命体が描かれている。
「いい意味でハヤカワらしい表紙で、これを普通の本屋で万人に売る自信はありません。ただ、読んでみると未知の生命体と接触するファーストコンタクトものであり、言語学や心理学の要素もあり、密室殺人のミステリーとも本格法廷ものともいえる名作です。文体も読みやすく、普段SFを読まない人でもおもしろいと思う人はたくさんいるはずなんです」