突然ですが、みなさんはゴキブリについてどんなことを知っていますか? 「殺すと増える」や「1匹いたら100匹いると思え」なんて言われていますよね。知ろうとする以前に「名前を見るのも嫌だ......」という人も多いかもしれません。
実はそんなゴキブリを「相棒」と呼び、彼らの生態を解明すべく奮闘する若手研究者がいます。名前は大崎遥花(おおさき・はるか)さん。著書『ゴキブリ・マイウェイ この生物に秘められし謎を追う』には、大崎さんの研究過程が面白おかしく記されています。同書を読むと「ゴキブリって実は興味深い生き物なのかも」と少し気になってくるから不思議です。
とは言っても大崎さんが研究しているのは、私たちが目にしているであろう「クロゴキブリ」や「チャバネゴキブリ」ではなく、「クチキゴキブリ」という種類のゴキブリです。大崎さんいわく「森林の奥でひっそりと暮らす害虫ではないゴキブリ」(同書より)とのこと。
「クチキゴキブリは朽木を食べながらトンネルを作り、そこで家族生活を営んでいる。父親と母親は生涯つがいを形成し、一切浮気しないと考えられている、人間なんかより一途な生き物である」
「クチキゴキブリは交尾後約2カ月で子が生まれると、両親ともに口移しでエサを与えて子育てを行う。
両親揃って子育てを行う生態は鳥類などでは多く見られるが、昆虫ではこれまた非常に珍しい」(同書より)
この生態を読むだけでも「そんなゴキブリがいるなんて」と興味をそそられませんか? さらに面白いのが、クチキゴキブリはパートナーの翅を食べ合うという行動をする点です。
「彼らは完璧に自身の翅の生み出す揚力だけで低いところから飛び上がることができるのである。
そんな非常に実用的な翅であるにも関わらず、異性に出会ったとたん、急に相手に気前よく与えてしまうのである。実際のところは、与えるといっても自身でちぎって差し出すなんて体の構造上できないので、相手が翅を何の前触れもなく食べ出しても全く抵抗しない、という説明が正しい」(同書より)
翅が新たに生えてくることもないそうで、「食われたが最後、一生飛べなくなる」とのこと。いったいなぜそんな行動をするのでしょうか。大崎さんが研究を進めた先に出した翅の食い合いの意義とは――。ぜひ同書を読んで確かめてほしいポイントです。
第1章~2章で知られざるゴキブリの姿と、クチキゴキブリの「翅の食い合い」を行動生物学の基礎知識を交えながら解説。第3章~8章では手探りのゴキブリ研究の様子をリアルに書いており、実はゴキブリアレルギー(!)である大崎さんが研究者になった経緯やゴキブリを研究対象にした過程などを知ることができます。最後の第9章~第10章では、これまでの実験で明らかになったことや研究者という生き方について言及。最後まで非常に興味深い内容になっています。さらに同書に登場する挿絵(ゴキブリ)も大崎さんが描いているというから驚きです。
全世界で大崎さんしか研究していないクチキゴキブリの生態。そのため同書にはとっても貴重なことが書かれているはずなのに、大崎さんの文章が非常に軽快で思わずクスッと笑ってしまうような言い回しが多く、読者を大いに楽しませてくれます。「ゴキブリの本なんて」と思わず、その不思議な生態と研究者の熱い思いにぜひ触れてみてください。
[文・春夏冬つかさ]