東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
この記事の写真をすべて見る

 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

*  *  *

 映画「Winny」(松本優作監督)を観(み)た。同名のファイル共有ソフトを開発し、著作権法違反幇助(ほうじょ)の容疑で2004年に逮捕されたプログラマー、金子勇氏の法廷闘争を描いた作品である。

 ウィニーは、いま仮想通貨に使われているP2P技術を先取りする画期的なソフトだったといわれる。他方で当時200万人以上に利用され、コンテンツの違法共有や機密情報の流出が社会問題ともなった。京都府警は金子氏を逮捕したが、ソフトが違法目的で使われたからといって開発者を罪に問えるのか、法的根拠は曖昧(あいまい)だった。氏は地裁でいったん有罪となるが、長い裁判の末に11年に無罪を勝ち取る。

 映画はその地裁判決までに物語の時間を絞り、東出昌大演じる金子氏と、三浦貴大演じる同世代の弁護士・壇俊光氏の交流を中心に展開する。コンピューター犯罪の話だからと構える必要はない。2人の青年の友情が胸を打つ、良質のエンタメに仕上がっている。

 現実にはこの事件の評価は難しい。映画は金子氏を世間知らずの無垢(むく)な天才として描き、著作権を侵す意図はなかったとする。しかしウィニーの特徴は高い匿名性にあり、犯罪での利用は容易に想像できたはずだ。膨大な量のデータ転送を必要とするので、通信インフラにも負担をかける。逮捕は不当だったのだろうが、過度な英雄視も禁物だろう。

 しかし氏の逮捕が日本の技術発展を躓(つまず)かせるものだったことは確かだ。萎縮効果があっただけではない。金子氏はじつは最高裁で無罪が確定した1年半後に心筋梗塞(こうそく)で急死している。42歳の若さだった。

 ウィニーは危険な技術だが世界最先端ではあった。大きな産業的可能性も秘めていた。日本社会はその開発者から晩年の7年を奪い、可能性を全く活(い)かすことができなかった。それはまさに「失われた30年」を象徴する出来事だったといえる。だからこそ映画の中で2人が夢を語るとき、心を締め付けられるような思いがするのだ。

 未来はときに現在の倫理と衝突する。犯罪を放置せず、同時に金子氏の才能を活かす道はなかったのかと考える。

◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2023年4月10日号