守るべきものなんてないと思います
経営哲学は「事実に勝る真実なし」。情緒的な部分はできるだけ排して考える合理主義者でもある。そう聞けばひるむ向きもあるかもしれないが、実際の大江は物腰柔らかな長身の紳士といった様子。事前資料として受け取っていた「リアリストでありながらロマンチストでもある(と思っている)」という自己分析がしっくりとくる。そんな氏に読者へのメッセージをと問うと「未知の領域へ飛び込むことですかね」という答えが返ってきた。
「学生時代、サルトルが好きで『アンガージュマン(投企)』という言葉に感化されたんです。自分を投げて企てる、勇気を持ってチャレンジすること。僕は70代半ばになりますがこの年になっても発見や学習はあるものです。『ひょっとしたらまだ成長してるんじゃないか?』と思うことも多い。50代まで三井物産、60代のゴールドウインを経て70代の今、三陽商会の社長をしています。だけど50代より60代より今が一番成熟した判断ができる気がします。僕の年ですら成長の実感がある。だから若い人たちにはもっと未知の領域に行きなさいと言いたい。守るべきものなんてないんです。あなたが守ろうとしているものなんて世の中的に見るとあなたが思っているほどの価値はない。勇気を持って飛び込んでほしいと思いますね」
(取材・文/寺島万里子)
大江伸治(おおえ・しんじ)
1947年生まれ。京都大学卒業後、三井物産に入社し繊維部門を渡り歩く。2007年、業績不振に陥っていたゴールドウインの取締役専務執行役員に着任、その後、副社長に就任。同社をV字回復に導いた。20年3月、三陽商会に入社。同社副社長を経て同年5月、代表取締役社長に就任。184㎝の長身で「ポール・スチュアート」を着こなす。「奥さまの好きなブランドは?」と尋ねると「『エポカ』や『マッキントッシュ フィロソフィー』ですね」と即答するあたり仲睦まじさが伝わる。