私はけっきょく、300ドルのクーポンだけもらって彼の申し出を丁重に断った。それで豪華なディナーを楽しむことができたのは、“元ネタ”を知っていたからだ(ちょっと計算すればわかるが、タイムシェアのリゾートはものすごく割高な買い物で、経済的な合理性はない)。
どんな巧妙な手品も、最初に種明かしされればだまされることはない。
本書のいちばんの価値は、同じような場面で、「なるほど、ここではこういう心理テクニックを使っているのか」と気づけることだ。「知は力なり」で、これだけでじゅうぶん購入代金の元は取れるだろう。
小さな損失を受け入れる
企業が心理マーケティングに習熟するにつれて、わたしたちは「いつどのようにだまされるかわからない」という疑心暗鬼に陥ってしまった。著者たちは、「現代の企業は、欺瞞的な手法を標準的な業務手順として採用している。もはやビジネスの世界では、合法と非合法の境界線があいまいになっている」と述べている。
だが、つねに他人を疑っているようだとせっかくの機会を失ってしまうかもしれないし、それ以前に幸福な人生を送るのが難しくなるだろう。この難問に対して著者たちは、「社会でのやり取りのほとんどは、誠実な人との間で行われる」し、「不正行為をされたとしても、その影響は小さいことが多い」という。
このアドバイスを私なりに解釈すると、だまされるのは「脳の仕様」なのだから、完璧を求めて大きなコストをかける(すべてを疑う)のはムダで、小さな損失を受け入れたほうが(どうせ避けようがないのだから)人生の幸福度は高くなるということだろう。デパートやオンラインショップのセールでいらないものを買ってしまったとしても、人生にさしたる影響はない。
だが場合によっては、真剣に考えなくてはならないこともある。それは、大きな出費をともなう取引を行うときだ。詐欺的な商法によって数百万円、あるいは数千万円を失ってしまうと、取り返しのつかないことになる。
これについての私の対策はシンプルで、「大きな買い物はしない」になる。本書には有益なアドバイスがたくさんあるが、これは書いていないのでつけ加えておきたい。