AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
「過酷な体験の記憶を当事者から非当事者へといかにつなぐか。当事者性の壁をどう越える? それが『被災物』からの問いかけでした」。著者の姜信子さんは気仙沼のリアス・アーク美術館の「被災物」の展示に出会い、応答すべく、大阪で「被災物〈モノ語り〉ワークショップ」をはじめた。それは語りの場を開き、当事者と非当事者が記憶を分かち合う試みだった。その軌跡をまとめた、声の結び目のような一冊となった『被災物 モノ語りは増殖する』。姜さんに同書にかける思いを聞いた。
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はじまりはリアス・アーク美術館(宮城県気仙沼市)に展示されている「被災物」。東日本大震災の被災現場で拾い集めたモノを「被災物」と名付け、モノにまつわる記憶が添えられている。その記憶は館長の山内宏泰さんが自らの被災経験や、聞き取りをもとにつくった物語だという。
作家の姜信子さん(62)は被災物の物語から応答せよという声を聴いたのだという。そして大阪で応答のための被災物ワークショップを開いた。なぜ応答だったのだろう?
「今まであちこち旅してきて、人々が語る記憶を私も聞いています。沖縄の人、中央アジアの高麗人、チェチェン人、その記憶は公式の歴史には載らない、生死に関わるものばかり。持ち帰って伝えてくださいと言われた私は、彼らが語ったことを物語として繰り返し書きました。そうして私は彼らに応答し、彼らとつながりつづけていたんです」
この応答には、他者の記憶を継ぐ意味合いがあるという。姜さんの方法は、自分の言葉で語ること。ワークショップでは、参加者が被災物の画像から一点選び、添えられた物語を読んだ上で、応答となる自身の「モノ語り」を自らの声で語った。