編集局紙面会議。左端が編集局長の坂野洋一。卓上には、2日の特別夕刊の紙面が広げられ輪島に2日午前3時前に入った三上聡一の朝市の火災の写真が見える(写真:北國新聞)

 元日は、新聞記者にとっても一息つける日だ。元旦の朝刊が出てしまえば、3日の朝刊までは、最低限の人員を番としておくだけで、幹部も休みをとる。

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 石川県の県紙「北國(ほっこく)新聞」の編集局長坂野洋一(さかのよういち)も、金沢の南にある能美市の妻の実家で子供や妻の両親とともにのんびりと正月休みをとっていた。

 最初に16時6分の揺れがきた。体感でもかなり大きな地震だった。すぐにスマホから編集局にいる当番デスクに電話をした。

「けっこう大きな揺れだったけど、速報をださなくていいかな」

 相談をしていると、今度は16時10分にもっと大きな揺れがきた。テレビはNHKをつけていたが、津波警報がすぐに流れ、アナウンサーが絶叫し始めた。珠洲にあるNHKの固定カメラに切り替わり、なんだろうか煙のようなものがたちのぼっている。

 揺れがおさまるのを待ってもう一度デスクに電話をした。

「これから社に向かう。まず現場の安否確認をしてくれ。津波がくる。絶対無理をしないように」

「北國新聞のいちばん長い日」はこうして始まった。

正月休みで現場に誰もいない

「北國新聞」については、このコラムが週刊朝日に連載されていた昨年4月に、「もっとも部数を減らしていない新聞」としてとりあげている。ABC部数でみても、2013年まで紙の新聞の部数を伸ばし続け35万部強、以降はゆるやかに部数を減らしているが、震災前の時点でピーク時から9パーセントしか減らしていない。これは、たとえば朝日新聞がピーク時の2000年で830万部、2023年12月にはそれが350万部強まで減っている(58パーセント減)ことを考えれば、いかに驚異的な数字かがわかるだろう。

 その理由について週刊朝日のコラムでは、北國新聞でしか読めない記事ということについて徹底的に考えた編集方針にある、と書いた。たとえば、他の地方紙のように共同通信の記事を一面で使うということはない。そのかわりに、一面は、徹底的に地ダネでいく。石川県は文化と歴史の地だから、お茶や美術の話もバンバン一面にくる。

 これは少し考えれば合理的な判断だ。読者はNHKやNHK NEWS WEBで、共同電が流すような国際ニュースや中央のニュースを見ることができる。そうであれば、「北國新聞」にしかできないことに特化していこうということだ。

 この編集方針は、1991年に社長・主筆に就任した飛田秀一(とびたひでかず)によって打ち立てられたものだ。飛田は、地元政界や経済界に大きな影響力をもち、30年以上にわたって代表取締役(2012年からは会長)と主筆を務めて同社に君臨してきたが、右腕となった温井伸とともに、取締役を退任することを、昨年12月26日に北國新聞社は発表したばかりだった。

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。元上智大新聞学科非常勤講師。

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