杉山邦博(すぎやま・くにひろ)/1930年生まれ。元NHKアナウンサー、東京相撲記者クラブ会友。日本福祉大学生涯学習センター(愛知県)名誉センター長兼客員教授としても月2回、伝統文化の大切さなどについて講座を持つ(撮影/編集部・小長光哲郎)

 今週からスタートした新連載「会いたい人に会いに行く」は、その名の通り、AERA編集部員が「会いたい人に会いに行く」企画。初回は、相撲好き記者が伝説の相撲実況アナウンサーに会いに行きました。

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 大相撲の本場所、花道脇の記者席から土俵に鋭い視線を送る男性。中年以上の相撲ファンで、この人を知らない人はまずいないだろう。相撲ジャーナリストの杉山邦博さん(93)。1953年、NHKアナウンサーとして入局。人間味あふれる数々の名実況を残し、「泣きの杉山、泣かせの杉山」とも呼ばれた。

 87年にNHKを退局後も、講座を持つ生涯学習センターなどの仕事で「欠勤」する以外は、記者席での取材を続けている。

「年間6場所90日のうち80日以上は間違いなく、現場にいます。五感でリアルタイムに臨場感を共有することが大事です」

 現場で取材する醍醐味。それは「勝負の奥に人間を見る」ということだと杉山さんは言う。

「たとえば2010年の九州場所。63連勝し、あの双葉山の69連勝の記録を破るかと思われた横綱白鵬が、稀勢の里(当時は平幕)に敗れた相撲。大げさに悔しがるでもなく淡々と花道を引き揚げた。その態度は立派でした。忘れられません」

 力士が控えで土俵下にいる様子をつぶさに、花道を引き揚げる姿も、視界から消えるまで目で追うようにしているという。

「その人の人間性がそこからくみ取れるんです。相撲の世界には、単なる勝ち負けだけではない奥の深さが随所にある」

 一方で杉山さんが気になっているのが、いまの相撲の「底の浅さ」。たとえば「立ち合いの変化」の多さだ。

「歴代力士で私が最も好きな元大関・貴ノ花(大関在位昭和47〜56年)は、立ち合いで変化したのは一度だけ。しかもそれをとても恥じていました。いまの相撲は立ち合いで逃げてばかり。姑息な手段で白星を得る、向上心のない相撲は見たくない」

 その点で、正攻法の琴ノ若(三月場所から大関)、熱海富士、大の里を「立派だ」と評価。琴ノ若には横綱昇進の期待をかける。一方で先の初場所でも二番、立ち合いで逃げた大関・豊昇龍には「がっかりだ」と手厳しい。

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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