ニューヨーク・ブルックリンに暮らすオペラ作曲家のスティーブン(ピーター・ディンクレイジ)は深刻なスランプに陥っていた。妻で精神科医のパトリシア(アン・ハサウェイ)の勧めで外出した彼は、曳船の船長カトリーナ(マリサ・トメイ)に出会い──。ロマコメの名匠が現代に放つ話題作「ブルックリンでオペラを」。脚本も務めたレベッカ・ミラー監督に本作の見どころを聞いた。
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私はブルックリンで生活しているので常に曳船が川を往来するのを見ています。「どんな人が運転しているんだろう?」と想像したときマリサ・トメイ演じる女性船長のキャラクターが生まれました。
本作は「私たちは誰もが一人で存在しているわけではなく、他者を通して存在している」ことを表しています。それをニューヨークの多層な社会構造とともに見せることができればと思いました。
人が他者に持つ偏見やそれに基づく行動はとても微妙なもので、我々は誰しも見えない部分にそれを持っていると思います。少女テレザの養父には人種差別的な一面がありますが自分でもそれに気づいていません。テレザの母でポーランド人のマグダレナとアン・ハサウェイ演じる精神科医パトリシアはともに若くして子どもを産み、一人は仕事で成功し、一人は彼女の家の家政婦になった。そうした状況を日常生活のなかに描くことで、そこにある差異や違和感を体感してもらえたらと考えました。
本作では「一般的にはこうだろう」と思うものをちょっと「逆張り」してみたんです。この物質主義の時代にパトリシアは全てのものを他人に寄付しようとする。それってすごくラジカルだと思いませんか?(笑)。16歳と18歳で結婚しようとするカップルもいまの時代からみれば逆行している。マリサ演じる船長は美しくセクシーで、私たちの世代や社会が思うその年代の女性のイメージとは違うでしょう。時代は常に呼吸しているもので、ロマンティックコメディーを描く際にもその時代の分子は入ってきます。それに映画界も変化しています。私もかつては女性ゆえに監督として真剣に取り合ってもらえない経験もしました。統計より実感としては遅いですが変化は少しずつ始まっています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年3月11日号