かつての自分の姿を重ねた
小野さんの目に映る高校生はこの20年間でどう変わったのか。
「堅実な高校生が増えてきた印象があります。どうしてもこの夢を追っています、という感じの子には出会わなかった。何となくやりたいことはあるけれど、自分には無理だから、大学へ行きます、という。でも、かつてのぼくもその1人だったんです……」
1977年、京都府生まれの小野さんは高校時代、写真家となることに憧れた。しかし、写真とは関係のない立命館大学経済学部に進学した。
「普通の大学生活をしてみたかった、という気持ちもありました。でも、単純に言うと、勇気がなかったんです。美大に行くとか、そういう振り切り方ができなかった。要は安全なところに行ってしまった」
大学に進学したものの、将来について悩んだ。レンタルビデオ店でアルバイトを始め、それを機に映画を見まくったのは、「作品づくりのヒントが得られるとか、絶対に何かの役に立つと思った」からだ。
「若者とか、高校生の年代の映画に気持ちを動かされた。なので、自分の作品をつくることになったとき、高校生をテーマにしたのは自然なことだったと思います」
大学卒業と同時に大阪の写真専門学校に入学。高校生を撮り始めたのは2年生のときだった。
はたして写真家になれるのか、写真家になったとしても作品をつくり続けられるのか――そんな切迫した思いがずっとあった。小野さんは悩んでいた自分の姿と高校生を重ねた。
撮る意味が今ある
それから20年あまりが過ぎた。作品のスタイルは昔も今も変わらない。しかし、作品づくりに対する気持ちは大きく変わった。
「若かったころは『ぼくのための作品づくり』という気持ちが強かった。でも今は、被写体になってくれた高校生のため、という意味合いが強くなった。これまで以上に大切な1枚になっている感じがします」
気持ちが変化したきっかけはコロナ禍だった。外出自粛が呼びかけられ、高校生を訪れるどころか、募集することも難しくなった。
「人を撮る写真家が人と会えないという壊滅的な状況でした。ぼくの場合、子どもたちが被写体ですから、特に気をつけなければならなかった」