元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
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先日のアエラで「ウクライナ戦争と気候変動」をテーマにした国谷裕子さんと斎藤幸平さんの対談を読み、以来ずっと心がざわついている。何がショックって、これは気候変動時代の「慢性的緊急事態」の始まりに過ぎないという斎藤さんの指摘だ。そもそもこの戦争は、気候変動のダメージを恐れるロシアの生存のための戦いなのだと斎藤さんは言うのである。
私がすぐに思い出したのは、村上春樹氏が翻訳したイギリスの小説『極北』だ。
気候変動、原発事故など「今ここにある危機」のその先を描いた近未来小説で全てが衝撃的内容なんだが、私が何よりガーンとなったのは、誰もが知っているこれら現実の危機の先に何が起きるのかを、私はオメデタクも根本的なところで全然分かってなかったってことだ。災害の多発とか陸地の水没とか食糧危機とか酷いことになるとは想像していた。でもそこまで至った時、人類は遅まきながら手に手をとって危機に立ち向かうのだろうと漠然と考えていた。
んなはずないんである。
荒廃した世界で始まるのは奪い合い、殺し合いだ。人類が気候変動で滅びるとしても、ただ静かに滅びるわけではない。その前に壮大な殺し合いを経なければ絶滅もできないのが人類なのである。
でもこれを読んだ2年前は、それはまさに「近未来」なんだろう、万一現実になるとしても100年は先のことだろうと思っていた。早い話が私は既に死んでいるし、そこに至るまでに事態を変えることもできるんじゃないかと。
でもこの対談を読み、そんな希望的見通しは根底からぐらついた。
もうそんな余裕はないのかもしれない。終末への悲劇はもうすでに始まっているのかもしれない。「確かにアフリカや中東でも渇水などが原因で紛争が多発している」「これからは気候変動により穀物や天然資源の獲得競争が激しくなっていく」(国谷さん)。資源の浪費を止められない我らは、今この時も、とんでもない悲劇に向かって突っ走り続けているのだ。
◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2023年4月3日号