作家、コラムニスト/ブレイディみかこ
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 英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。

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 ガザ停戦を求める動議採決をめぐって英国議会が紛糾した。EU離脱時を思い出すような下院のカオスだ。が、あの時と違うのは、今回、世論はわりとまとまっていることだ。YouGov社の2月の調査では英国の人々の66%が停戦すべきと答えている。

 イスラエル・パレスチナ問題に関する同社の西欧諸国の世論の統計を見ると、12月の時点で、英国ではイスラエル同情派とパレスチナ同情派の数は拮抗していた。フランスではイスラエル同情派が若干多く、スペインやイタリアではパレスチナ同情派が若干多いが、一国だけ「若干」ではなく、大差でイスラエルに同情する人の数が上回っていた国がある。ドイツだ。

 京大人文科学研究所の藤原辰史准教授による「人文学の死─ガザのジェノサイドと近代500年のヨーロッパの植民地主義」の講演動画を見た。藤原さんとは何度か対談させていただいたことがあるが、自分を棚上げして物事を論じない人という印象がある。この講演でも、「ドイツ現代史研究者の一員である自分にも矛先を向けたもの」として、鋭い問題提起を行う。

 ドイツはイスラエルへの歴史的責任を「国是」とし、ホロコーストを絶対悪として、他との比較検討を「ナチスを相対化すること」としてタブー視してきた。ナチスが迫害したのはユダヤ人だけではなかったのだが、その研究は少なく、ナチスの虐殺といえばユダヤ人に対するものに収斂(しゅうれん)しているという。

 唯一無二といえる暴力は世界中にあるのに、それを軽視してきたドイツの現代史観の硬直化が、今、目の前で起きているナチズム的現象を軽視することに繋がっているのではないか。

 藤原さんの議論は、英国在住の身には切実だ。この歴史観は、ここにも「若干」あると思うからだ。植民地政策肯定の帝国主義者だったチャーチルが、ナチスと戦った英雄としてリバイバルしている現象も繋がっている。

「過去の克服の優等生」といわれたドイツの人々が、実は最も過去の克服に苦しんでいるのは前述の調査でも明らかだが、「停戦すべきか」の質問にはドイツでも57%の人々がイエスと答えている。各国の世論はここでは一致しているのだ。

AERA 2024年3月11日号